感染しただけで退職を迫られる…「コロナハラスメント」の深刻な実態 労働組合に相次ぐ相談、裁判になるケースも

電話相談に応じる連合の職員

 「マスクを着用しないと懲戒処分になると言われた」「感染したら、会社から退職届けが送りつけられてきた」。職場で新型コロナウイルスを理由にした嫌がらせやいじめを受けたという「コロナハラスメント」の相談が労働組合に相次いでいる。2年以上にわたるコロナ禍での感染恐怖と疑心暗鬼の心理状態が生み出したと言えるだろう。自分がハラスメントの被害者や加害者になってしまったらどう対処すればいいのか。再び感染者数が増加傾向にある今だからこそ、考えたい。(共同通信=助川尭史)

 ▽ワクチン未接種で懲戒解雇、感染隠蔽も

 全国の労働組合の中央組織、連合に寄せられる労働相談の件数はコロナ感染が広がった2020年に2万828件。コロナ禍前の19年(1万5260件)から大幅に増加した。昨年は1万7607件とやや減少したが、依然として高い水準で推移している。

 共同通信はこのうち、2020年9月~今年4月までに連合が電話やメールで受け付けた「コロナハラスメント」の相談92件の提供を受け、内容を分析した。
 すると、コロナが登場した20年の相談内容は「10畳の部屋に20人が集まって朝礼をする」(製造業・30代男性)「発熱外来に勤務しているが、防護服もマスクも不足している」(看護師・20代女性)など、対策そのものが不十分という声が目立った。

 感染者が急増した21年からは、過剰なコロナ対策への悲鳴や抗議の声が増えた。「毎日上司から私だけでなく、家族の体温や体調を聞かれる」(製造業・40代女性)「コロナ禍での旅行を計画していたのを知られ、叱責を受け『給料を下げる』と言われた」(建設業・30代男性)
 一方で、マスクやワクチン接種の強要を訴える相談も後を絶たない。「マスクを着用できないなら医師の診断書を提出するように言われた」(警備会社・50代女性)「接種を受けなかったことを理由に懲戒解雇とされた」(介護職・60代女性)など、従業員への強要と言える内容も目につく。

 感染力の強いオミクロン株が席巻しはじめた22年1月ごろからは、クラスター認定による休業を恐れる余り、感染を隠蔽しようとする使用者側の対応も散見されるようになった。福祉施設を中心に「発熱するなどのコロナの症状が30人以上出たのにPCR検査を実施してくれなかった」(福祉職・30代男性)という相談が寄せられている。
 連合の担当者は「行き過ぎた対応は新たなハラスメントになりかねない」と警鐘を鳴らす。ただ、一方では「マスク着用を徹底してほしいが『効果がない』と聞き入れられない」(製造業・50代男性)などと感染への不安から対策の強化を訴える声も根強くあるという。「コロナへの反応は労働者間でもそれぞれ。一律の対応はなかなか難しい」と話した。

 ▽「周りを感染させるかもしれないから辞めてほしい」

 コロナ感染を理由に不当な退職勧奨を受けたとして、裁判になったケースも起きた。
 「周りを感染させるかもしれないから辞めてほしいと急に言われて…。いきなりの言葉で胸が苦しくなって手が震えました」 

勤務先だった就労施設を提訴した男性

大阪市の男性(39)は、コロナ感染を理由に突然退職を切り出されて精神的苦痛を受けたとして、今年2月、勤務先だった就労支援施設「アルファセブン」(大阪市天王寺区)に330万円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。 

 男性は5歳の時に患った中耳炎が原因で聴覚に障害があり、知人の紹介で2019年5月からこの施設で勤務。菓子の包装箱の組み立てを担当した。しかし、光を感じる視細胞が失われる網膜色素変性症が次第に進行し、わずかな明かりしか感じることができない視覚障害を負った。通勤する際は近くに住む同僚が介助していた。
 昨年9月、コロナに感染し、発熱やせきなどの症状で約1カ月の療養を余儀なくされた。退院後、職場に行くと別室に連れて行かれ、施設の責任者に「他の職員や利用者に感染させる可能性が高い。付き添い出勤が必要なら他に行った方がいい」「通勤中、事故があっても労災を申請しないと念書を書いてほしい」と何度も迫られたと明かす。強硬な姿勢に男性は恐怖を感じ、退職の意思を告げると退職届けを代筆され、自己都合退職扱いとされたという。
 

 「そもそも同行してくれた同僚への手当は全く無かったし、休職中の給与は一切支払われなかった。コロナを理由にしたハラスメント以外のなにものでもない」。4月にあった初弁論では「障害者を支援するはずの施設が差別的な対応をしたことに恐怖と怒りを覚える」と訴えた。
 一方、施設側は反論。同僚との付き添い出勤を禁止したのは保健所の指導によるもので「ハラスメントにはあたらない」と主張した。退職も男性が自ら申し出たもので、強要はなかったとしている。

 ▽「あなたのため」がハラスメントに

 コロナハラスメントの被害は、決してひとごとではない。もしも巻き込まれてしまった場合、どう対応するべきだろうか。労働問題に詳しい西川大史弁護士(大阪弁護士会)にハラスメントの背景や対処法を聞いた。
 ―コロナハラスメントが起きてしまう背景には何があるのでしょうか
 新型コロナウイルスが世界的に流行して3年目になります。未知の領域が多々ある中、多くの人が正確な情報をつかめておらず、科学的知見に基づかずに従業員のプライベートにまで介入するような過剰な対応につながってしまいます。賃金が未払いだったり、勤務シフトが削られたりしてもコロナを理由にすれば許されてしまう風潮も、過剰な対応を助長させている原因だと思います。
 ―通常のハラスメントと比べて対応が難しい部分はあるのでしょうか
 

コロナハラスメントへの対処について語る西川大史弁護士

 パワハラやセクハラは裁判例の積み重ねや、厚労省の指針もあって何が問題になるかはっきりしていますが、コロナハラスメントに関して指針になるようなものは現状ありません。部下や同僚のためを思って取った対策が結果的にハラスメントになってしまうこともあり、悪意による他のハラスメントより、ある意味たちが悪い部分もあります。
 ―政府が水際対策の緩和やマスク着用基準の見直しを打ち出す中で、今後どのようなことが問題になりそうでしょうか。
 厚生労働省の発表では、コロナの影響で解雇や雇い止めにあった人は約13万人で、そのうち約6万人が非正規雇用で働く労働者です。不安定な雇用条件で働く障害者や非正規労働者はコロナハラスメントの標的になりやすく、コロナを隠れみのに不当な圧力を労働者にかける行為は今後も表面化する可能性があります。
 マスクについても懸念があります。「ノーマスクは不安」と言う声がまだまだ根強く、基準の見直しが進んでもなお着用を強要するハラスメントは残っていくでしょう。
 ―もし自分がコロナハラスメントの当事者になってしまったらどう対応するべきでしょうか
 今年の4月からハラスメント規制法が中小企業にも拡大され、企業はハラスメントの相談窓口を設置することが義務づけられました。被害を受けたら、まずはそういうところに相談した上で、取り合ってもらえない場合は労働組合や弁護士に相談することが重要です。また、自分が気づかないうちに加害者になってしまうこともあるかもしれません。どのような行為がハラスメントになるのか日頃から職場で話し合うことが大切です。

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