真夜中の次は朝が来るという意味も込められている
――『ヘタな二人の恋の話(以下、ヘタ恋)』は“マヨナカキネマ”第一弾の作品ですが、こういった新レーベル第一弾はどういった経緯で映画制作に至るのでしょうか。
佐藤周:
レーベルが決まったのは映画が完成した後なんです。第二弾のいまおかしんじ監督の『甲州街道から愛を込めて(以下、甲州街道)』も不器用な若者たちを撮る映画ですけど、『甲州街道』もレーベルが決まる前に完成してましたね。
いまおかしんじ:
そうですね、『甲州街道』も完成した後なので、二作品が同じレーベルなったのはたまたまです。この2作品の感じを観て「今、求められている。」となったんでしょうね。
――続く“マヨナカキネマ”は第二弾『甲州街道』はいまおか監督作が続いていくと。切り抜いている世代も近く、いい二作品になっていますね。
いまおか:
若者の話をやりたいというのはずっとあったんです。
佐藤:
僕は『甲州街道』を観て、『ヘタ恋』よりも若者感あるなと感じて嫉妬しました。
いまおか:
でも、情けない話ですよ。作品に似た部分があったのも偶然でしたから。
――『ヘタ恋』の脚本を書いたことに引っ張られたということもなく。
いまおか:
自分で書いていたら「同じじゃん。」となったかもしれないけど、『甲州街道』は中野太さんという別のシナリオライターに入ってもらったので偶然です。
佐藤:
偶然にしてはよくできたドラマチックな第1弾・第2弾ですね。
――結果的にそうなったんですね。
佐藤:
説明文にある通りですが「生きづらい世の中を懸命に生きる若者たちの作品」というのは応援したくなっていいなと思っています。
――その思いは作り手の皆さんも思っていらっしゃることと。
佐藤:
僕も生きづらいと思っています。“マヨナカキネマ”には真夜中の次は朝が来るという意味も込められていると思っていて、凄くいいレーベル名だなと思います。
――本当に詩的でいいレーベル名ですね。『ヘタ恋』も『甲州街道』も20代の青春が描かれています。日本では青春を描くとなると高校生が主人公になることが多いですし、今は落ち着いた年代の大人の恋という作品も増えていて、20代や大学生の青春や葛藤というのは日本では比較的描かれることが少ない時期でそういう意味では新鮮でした。
佐藤:
言われてみるとそうかもしれないですね。
上手くいっているんじゃなかろうかという予感があった
――精神面では大人にならなければいけない時期ということで、大きな変化がある大切な時期だと思います。“マヨナカキネマ”というレーベルになったのはたまたまということですが、『ヘタ恋』でお二人が組んでこういった作品にしようというのはどういう形で進めていかれたのでしょうか。
いまおか:
最初に佐藤さんからの大元となるプロットをもらったんです。
佐藤:
それが「メンヘラの子がいろんな壁にぶつかり、上手くいかないながらもとにかく頑張る。」みたいな話でした。その時のプロットはここまでの形になっていたわけではなくて、それをいまおかさんにちゃんとしたプロットにしていただき、さらに脚本にしていただいたという流れでした。
いまおか:
二人で話しているときに「メンヘラの子ってめんどうくさいんだけど、時々凄く可愛いときがあるんだよね。」みたいな話をしたんです。確かにそういうところあるんだろうな、それはどういうところなんだろうと考え出したのが始まりでした。
――『ヘタ恋』は女の子だけではなく男の子もメンヘラ・ストーカー気質があって、二人とも人づきあいが苦手ですよね。
佐藤:
彼も本当に表現がヘタなんです。メンヘラの正確な定義はわからないですが、『ヘタ恋』の二人はコミュニケーションが凄く下手なんでしょうね。僕自身もコミュ障な所があるので、彼らにはとても共感しています。思ってもないことを言ってしまって、なんでこういうことを言ってしまうんだろうと悩むことがあります。
いまおか:
こういう恋愛ものは実体験が反映されるところがありますね。男の子が好きな子を待ち伏せするシーンがあるんですけど、そういえば俺もこういうことをしたなと。
佐藤:
本当ですか、ドン引きするシーンでしたけど(笑)。
いまおか:
大学生の時にどうやったら好きになってもらえるかなと考えて、その子の家の近くで待ち伏せしたんです。銭湯帰りの彼女にいきなり抱きついてキスしようとしたら、思い切り突き飛ばされて「もう、普通に会えなくなったじゃない。」と言われてしまいました。
佐藤:
それは気まずい。
いまおか:
そういう過去のひどい出来事をシナリオにして浄化している部分があるんでしょうね。当時は本当に落ち込みましたけど、時間が経ってネタにすることができたということですね。
――人付き合いが苦手な二人も喧嘩してもシロクマアイスを食べて仲直りしていて、そういった部分は観ていてほっこりしましたね。同じキーアイテムでは冷蔵庫も二人の関係性を表している部分もあって、作品のポイントになっていましたね。
佐藤:
あれ面白かったです(笑)。確か、利倉亮さんが冷蔵庫に意味を持たせようとおっしゃられたと記憶しています。冷蔵庫もシロクマアイスも本当に凄く面白く機能していて、二つともいい記号になってました。シロクマアイスはいまおかさんのアイデアですけど、何故シロクマアイスにしたんですか。
いまおか:
SEXシーンの時にコンドームを付けるんですけど、その間ができるのは男子も女子も気まずいだろうなと思ったんです。そこで何か話さないといけないと思って「地球の温暖化でシロクマ減っているらしいよ。」みたいな話を書いたんです、そのまま書き進めたら女の子の台詞で「シロクマアイス好きなの」って書いちゃって。
佐藤:
偶然なんですか。
いまおか:
思いつきなんです。じゃあ、要所でシロクマアイス食べようってなっていったんですよ。そういうことが思いつく脚本は、上手くいっているんじゃなかろうかという予感があったんです。『ヘタ恋』は佐藤さんが撮るから自分の映画より頑張って書きました。
佐藤:
本当ですか、気を使っていただいたんですね。
いまおか:
人が撮るからプッシュじゃないけど、何とかしてやるって普段より頑張って書きました。
佐藤:
ありがとうございます。
――冷蔵庫もシロクマアイスも偶然とは思えないキーアイテムになっていたので驚きました。それだけ、物語になじんでいたということですね。
佐藤:
そうですね。
――主演の二人を演出するうえではどういうところに気を使われましたか。
佐藤:
お二人とも凄くベテランという訳ではないので、「とにかく感情をのせてください。」と伝えました。僕の中に気持ちをのせてくれれば、身体表現や表情は良くなるだろうという持論があるんです。結果、そういう風になっていたと思います。この映画ではいつもよりも密に俳優部とコミュニケーションをとりました。『ヘタ恋』はいまおかさんが書いた脚本だったのがよかったと思います。僕と主演二人で、「これはどういうことなんだろう」と謎解きみたいなことをして、キャラクターたちの感情をみんなで考えながら進めていきました。その時間をとったので、二人も感情をのせやすかったんじゃないかなと思います。僕も演出しやすかったし、いい経験でした。
いまおか:
訳が分からないシーンがいくつかあった方がいいってことかな(笑)。
佐藤:
そんな気がします。作品について一生懸命考えますから。
いまおか:
1つあれだったなと思っていることがあって、『ヘタ恋』は女の子がよく泣くんです。泣く芝居は難しいので、大変だったろうなと思っています。
佐藤:
街山みほさんはちゃんと気持ちを入れて本当に泣いていたので、凄かったです。芝居が技術的にちゃんとできる自信がなかったからなのか、ちゃんと気持ちをいれられるように「泣けるまで待ってください。」と言ってくれたので、彼女がOKになったらスタートする形で撮りました。確かに泣く芝居は凄く多かったので、大変だったと思います。
いまおか:
書くのは簡単なんだけどね。いろんな泣き方があったしなかなか芝居を要求される役だよね。
佐藤:
本当に頑張ってくれました。
――表情もちゃんと作らないといけないし、映画的に綺麗になるようにしないといけないしで、難しいですよね。
佐藤:
走りながら泣くシーンもありましたし、しかも寄りで撮っていたので誤魔化しが効かないですし。本当によくやってくれました。
いまおか:
二人の演技もよかったけど。ロケーションもいいよね、高台の風景とか印象的でした。
佐藤:
僕も本当にそう思っています。レジェンド・ピクチャーズさんのおかげです。このメインビジュアルの高台も綺麗で、お気に入りです。
シンパシーを感じた
――主演のお二人は主人公と同年代ですが、脚本を読まれてどんなことをおっしゃられていましたか。年が近いと感じることもあるのかなと思いますが。
佐藤:
二人とも好印象だったと記憶してます。本人が違うというのであれば申し訳ないですが、一緒にいて街山さんはこれからの人生について悩んでいた部分があったようにも感じたんです。
――20代前半なんかは学生時代がおわって急に社会人・一人前の大人にみられてしまいますから、誰しも不安を感じてしまう時期ですよね。
佐藤:
そうですね。そういった時期にこういった悩んでいる主人公の話が来たので、シンパシーを感じたところもあったのかなと思います。
いまおか:
25歳くらいで、みんな行き詰ったりしますよね。誰かともそんなこと話したことがありました「大学を出て働き始めて、折り合いが上手くつかない。」って。
佐藤:
夢をあきらめる平均年齢は24歳って言いますよね。僕も23歳の時に大きな挫折を味わいました。
いまおか:
挫折って何があったの。
佐藤:
僕が業界に入ったのは22歳ころですけど、そのころの現場でコテンパンにやられてダメだと思ったんです。凄く優しい方々で可愛がってもらったんですけど、しんどくなって23歳のころに田舎に帰ろうと思ったんです。
いまおか:
そこで帰らなかったんだ。
佐藤:
自主映画祭に参加したことでまたやる気が出て、もう1回映画を作ろうって再起したんです。それは救いでした。
――この作品の二人と心情的に重なる経験もされたんですね。この二人も病気で落ち込んだけど、最終的にはリスタートしようと歩き始めますから。
佐藤:
そうですね。
――社会に出ると違う年代の人とも交わるので、そこで戸惑うこともありますよね。環境が大きく変わって戸惑いながらも進んでいくということはみんな経験するので、20代だけでなく多くの人に響く物語だなと感じています。
佐藤:
そうあってほしいですね。彼らはぶつかりながらも前に進もうとしているので、僕もそこにシンパシーを感じています。この作品を観て、挫折をしてもぶつかっていけば何か答えにたどり着くかもしれないと思ってほしいです。
――その時には分からないですからね、後々振り返ると意外と何とかなることも多いですから。
佐藤:
何とかなっている人は続けている人というのもあるのかなと思います。BESTではなくBETTERであってもそこに辿り着くには紆余曲折しても前に進む気持ちが大事なんだろうなと。ただ、続けられない人が多いのも事実ですから簡単に「続けないとダメだよ。」とは言えないですけどね。
いまおか:
まあね、やめた方がいい場合もあるからね。
佐藤:
やめるとしても前に進むための選択肢だったらいいですね。
――この二人も本命ではないけど付き合っていますからね。
いまおか:
確かにそうですね。年代記となると振り返っている感じがあるんですが、この二人も結果として出会えたのは良かったと思います。「出会ってよかった、助けられたよ。」というのは振り返って言えるセリフですが、そういうことは誰しも経験があると思います。自分の過去を振り返るきっかけになる作品じゃないかなと思っています。
――二人の歴史を振り返りつつ結末もそれぞれに希望を持った終わり方で、観ていて一歩踏み出す勇気をいただける作品でした。
いまおか:
歳をとると、経験で何がダメか解るから段々と失敗をしなくなるんですよね。それは逆に詰まらない部分でもあると思います。振り返るとそういうことが楽しかったことなんじゃないのかなと思っています。
佐藤:
失敗するのも何か状況を打破しようとした結果ですからね。年を重ねると逃げることの方が多くなりますよね、面倒くさいと壁を乗り越えようとしないのは変に大人になってしまったということかもしれませんね。
――守りに入ってしまいますよね。
佐藤:
もしかしたら今は若者にもそう思ってしまう部分があるんじゃないかなと思っています。世の中も失敗できないと感じてしまう世の中なので、実際は失敗できないわけじゃないんだけどそう思い込まされている。失敗してもまた踏み出せばいいんだよと伝えてあげたいですね。
いまおか:
そうだね。“マヨナカキネマ”を観てそう感じてもらえたらいいですね。
© 2022「ヘタな二人の恋の話」製作委員会