わらじを題材にした「ぞろぞろ」江戸時代はリサイクル社会

江戸時代、旅は原則禁止だったが、病気療養やお見舞い、そして神仏の信心だけは許されており、それにかこつけて多くの庶民が旅に出た。文字通り一世一代の旅だった。ガイドブックの『旅行用心集』や『名所図会』が飛ぶように売れ、弥次喜多の『東海道中膝栗毛』が庶民の心をくすぐった。落語界でも多くの旅ネタが庶民を刺激した。昔の旅は徒歩が主流。旅の必需品、草鞋(わらじ)を題材にした噺がある。

江戸、四谷左門町のお岩稲荷の近所は道が悪く、少し雨が降るとぬかるむ。茶店かたがた草鞋を売っている夫婦。最近さっぱり草鞋が売れない。年寄夫婦が安楽に暮らせますようにとお岩稲荷に祈願すると、客が来て、長年売れ残った草鞋を買っていった。と、すぐまた客が来て草鞋をくれという。もう売れてなくなったと思って見ると、いつの間にか草鞋が天井からぶら下がっている。客がそれを引き抜いて、店を出て2、3軒行ったか行かないうちに新しい草鞋がぞろぞろっと出る。夫婦はこれこそお稲荷様のご利益、安楽に暮らせると大喜び。これを見ていた向かいの床屋の親方、「俺も信心しよう」と、お稲荷様に店の繁昌を願う。で、店に戻ると客が行列してる。「ありがてえ。大したご利益だ。この客が帰ってもまた次の客がぞろぞろ……」「何言ってやんでえ。早くひげを当たってくんねえ」「へえへえ」。親方が客のひげに剃刀を当て、すっとそると、後から新しいひげがぞろぞろ。

今も販売されている草鞋

この噺、原話は大阪で上方落語では浪速区稲荷町の赤手拭い稲荷が舞台。なかなか洒落た噺で、いかにも落語チックだ。江戸時代、参勤交代のために街道が整備され、旅人はてくてく歩いた。人気の伊勢詣りは全国から人が押し寄せ、遠くは東北各地からも大勢やって来たと『歩く江戸の旅人たち』(谷釜尋徳・著)にある。同書によると、伊勢神宮にお詣りしたらおしまいではなく、一生に一度の旅なので、東北から江戸を経由して富士山に登り、伊勢に参って奈良、京、大坂、余裕のある人は四国にまで足を延ばし、帰りは善光寺さんへと、総距離2000キロを優に超え、2~3カ月の大旅行をしている。

これは特に珍しい例ではなかったようで、多くの旅日記が残る。1日に歩いた距離、男性で平均34キロ、女性は29キロ。草鞋は40~50キロで履き替える。2日に1回ぐらいの割で交換。旅人の8~9割は草鞋履き。残りの旅人は草履だったという。

草鞋の緒で足の皮がむける「草鞋食い」に悩まされた人もいたらしい。草鞋は一足15文程度。用済みになると立場(駕籠かき人足が街道筋で休んだ場所)などに捨てた。藁はいい肥料になったので、お百姓さんが回収した。江戸時代のリサイクルがよくできていたのは有名。プラゴミに悩むわれわれ、まだまだ江戸時代に学ぶことは多そうだよ。(落語作家 さとう裕)

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