日本代表に何人も選出されるワケ…サンフレッチェ広島のサッカーが熱すぎる

サンフレッチェ広島のサッカーが面白い。

今季5名の新加入選手を迎えたが、それはレンタル移籍からの復帰、ユースからの昇格や大学経由での加入のみだったこともあり、「ゼロ補強」と揶揄された。

加えて、新型コロナウイルス感染症対策のために新監督の来日が開幕後にまで遅れ、昨季11位に終わったチームはJ2降格を危惧されていた。

だが蓋を開けると、ここまで暫定4位。YBCルヴァンカップと天皇杯でも勝ち残っている。

先週の試合で首位の横浜Fマリノスに0-3で敗れたが、相手を上回る20本のシュートを浴びせた。1試合平均のシュート数15.3本はリーグで2番目に多く、ペナルティエリア内への侵入も3番目に多い。

リーグ内における立場は「挑戦者」のはずであったが、強豪相手に攻撃的なサッカーを展開しながら好成績を挙げているのである。

今回はそんな番狂わせを巻き起こす、サンフレッチェ広島を深堀りしていこう。

指揮官はドイツ育成改革の旗手

自らリスクを冒しながらも勇敢に戦う今季の広島のサッカーは観る者の心を打つ。

サッカー観戦にありがちな、「今、シュート撃てよ」との閉塞感がなく、躍動感やスピード感を伴うため、観ていると感情移入して応援したくなる。

そんなチームを今季から指揮するのは56歳のドイツ人、ミヒャエル・スキッベ監督。

ドルトムントやレヴァークーゼンなど母国の強豪クラブを率いた実績をもつことが各メディアで紹介されているが、筆者にとってのスキッベとは、「ドイツ育成改革の旗手」である。

ドイツは2000年のEUROでグループステージ敗退。屈辱的な結果と旧態依然としたサッカーの内容を危惧し、国家レベルでの育成改革をスタートさせた。

国内全土に336か所の拠点を設けて10歳から15歳までの優秀な選手約15,000人を選抜し、自チームとは別に週に1度、ドイツサッカー協会認定コーチの指導を受けるという大プロジェクトが成功した。

個のスキルアップに主眼が置かれた指導をするため、各地に派遣されたコーチは1,200人と推定されていた。その大勢のコーチたちにドイツ協会が推奨する欧州最先端の技術や戦術指導を伝授する「指導者の指導」の陣頭指揮を執った人物が、スキッベだった。

改革の成果は如実に出た。それまで「ゲルマン魂」による敢闘精神だけで語られていたドイツサッカーに、メスト・エジルやマリオ・ゲッツェ、トニ・クロースなど高度なテクニックや豊かなアイデア、閃きを武器にする技巧派MFが急増。

戦術的にもマンマーク守備が基本だったドイツ全体にゾーン守備が浸透。若い選手たちの運動量やスピードを武器に、前線からボールを奪いにいくプレッシングで守備と攻撃を連結させた。

ドイツらしい効率的で合理的な戦術は世界最先端のトレンドとなり、2014年、ドイツは満を持してW杯優勝を遂げた。

広島でのサッカー改革

母国の育成改革と戦術革命に貢献したスキッベは、広島でも「指導者の指導者」らしい教育者のような真摯な姿勢で選手達と向き合い、ドイツ風の新たなサッカーを根付かせた。

広島のサッカーは従来、守備時に[5-4-1]の布陣で自陣のスペースを封鎖する守備ブロックを採用してきた。

ただスキッベは来日前からコーチ陣と密に連絡をとり、ボールを失った瞬間から強烈なプレッシングで相手を追い込むゲーゲンプレスを導入。ボールを奪った瞬間からショートカウンターを発動し、一気に攻め切る「湘南スタイル」のようなサッカーが開幕時には体現されていた。

J1開幕5戦未勝利と結果は伴わなかったが、自身も第3節より指揮を執ったスキッベは、手始めにサイド攻撃のトレーニングを徹底した。高体連のチームが取り組むようなシンプルなものだったが、成果は少しずつ出始めた。

攻撃面ではクロスの本数がリーグで2番目に多く、ドリブルでの仕掛けはリーグ最多を記録。特に右WBに定着した藤井智也はリーグ最多のクロス数を記録し、スプリント数でもリーグ最多1試合50回超えを計測するなど、不可欠な存在となっている。

また、開幕からボールを奪う段階まではハマっていたため、奪ったボールをサイドへ展開することを徹底したことで失点のリスクを回避し、大幅に失点が減った。

第6節以降は日本代表GK大迫敬介が先発復帰。DFラインを高く押し上げて前線からボールを奪いに行くサッカーには、守備範囲が広く、飛び出しに長ける大迫の起用で整合性がとれた。

守備に費やすエネルギーをそのまま攻撃に転換できるようになったことで得点も増えてきた。攻守のつなぎ目がなくなり、今や早さではなくクオリティで語ることができる次元に達したトランジション(切り替え)の局面では間違いなくリーグナンバーワンのチームだ。

変貌を遂げた新・大黒柱、野津田岳人

そんな広島のサッカーを牽引しているのが、ヴァンフォーレ甲府へのレンタル移籍から2年ぶりに復帰した野津田岳人だ。

第16節、ホームでの名古屋グランパス戦で値千金の直接FKによる決勝点を挙げたMFは、「やっと『ただいま』、と言えます」と、感慨深げに話し、続く第17節のセレッソ大阪戦でも豪快な左足ミドルを決めた。

広島ユース時代、野津田は高校年代最高峰の高円宮杯プレミアリーグで2年連続のチャンピオンシップMVPを受賞するなど、同大会を3連覇。高校3年時にJ1デビューを飾り、将来を嘱望された。

28歳となった現在の野津田は、述べ4チーム計4シーズンのレンタル移籍を経験した「さすらいのJリーガー」となっていた。しかも、昨年在籍した甲府は彼にとって初のJ2でのプレーだっただけに、このレンタル移籍は「片道切符」になると噂された。

それでも中学時代から在籍するクラブ愛を貫いて復帰した野津田は、2列目のポジションで得点もアシストも量産が期待された頃とは異なった姿を見せている。

前半戦終了時、1試合平均のタックル数でリーグトップの3.8回を記録し、1試合で13km以上を走ることもあるダイナモ型ボランチへと変貌を遂げているのだ。

もともと体躯が良く、フィジカルコンタクトも強い野津田は運動量も決して少なくはなかったが、チームのためではなく自分のために走っているイメージが強かった。

それがベガルタ仙台でポジショナルプレーの枠組みを深く理解し、甲府ではボランチで年間通してプレーするなど、経験を積んだ現在はワンタッチプレーが格段に増えた。

何よりもチームを優先する意識が強まった。相手と体をぶつけ合う肉弾戦に挑んでボールを奪い、チームのために走ってセカンドボールを拾い、シンプルに前線の選手にパスをつけていく新しい姿だ。

面白いことにチームを優先することで野津田の特徴は消えるどころか、活きるようになっている。徹底したサイド攻撃の副産物として中央にスペースが生じ、野津田の強烈な左足が火を噴く場面も増えて来ている。

地味な役回りなために取り上げられる機会が少ないが、現在の野津田はチームの大黒柱だ。

躍動する広島の才能

体系化が進んだことで新戦力や若手が確実に戦力化され、選手個々の特徴を出しやすい環境も整った。

ここへ来て、23歳のMF松本泰志やユース出身21歳のMF東俊希が主力に組み込まれ、新鮮なアクセントをつけてチーム力に幅をもたらしている。

10番を背負うMF森島司も一皮むけた。天才肌ゆえに好不調の波が激しかったが、独創的なパスセンスで周囲を操り、自らはゴールも奪える危険な選手へと脱皮。守備時はアンカーのカバーにもまわる。プレーに丁寧さが出て、周囲への思いやりを感じさせ、それがチームの良い雰囲気につながっている。

4月下旬にフリーで加入した元スイス代表FWナッシム・ベン・カリファは、スキッベ監督の下でプレーするのが3チーム目。動き出しやパスをもらうタイミングが良く、シンプルなプレーを信条としていて攻守の切り替えが早い。

彼が野津田の球筋の速い縦パスを受けることでサイド一辺倒だった攻撃のバリエーションが増え、[3-4-2-1]から[3-1-4-2]へと前線の枚数を増やしても攻守のバランスが向上するキッカケになっている。

今季J1で5得点を挙げている大卒ルーキーFW満田誠はGK大迫と同期の広島ユース出身。

ユース時代は高円宮杯プレミアリーグWESTで得点王に輝きながらもトップ昇格はならず。流通経済大学に進学し、チョウ・キジェ(京都サンガ監督)氏の指導を受けて思考力や守備意識が開眼。プレースタイルが格段に拡がり、古巣でのプロ契約に至った。

当初は本来の前線のポジションではなく、左WBでの出場だった。

それでも持ち前のスピードや大学時代に培った思考力を駆使してWBの位置からでもゴールを量産。現在はシャドーとして主力に定着し、公式戦8ゴール。若手が躍動するチームを象徴する存在となった。

ユース出身選手の大学経由での加入は現在の守備の要であるDF荒木隼人が先輩にあたるように、他クラブでもどんどん増えているルートだ。広島ユースはハイレベルな選手を輩出し続けているだけに、今後も大学経由で加入する選手は現れるだろう。

日本代表も広島のようなサッカーを!

これらの進化を生んだのは、スキッベが単なる監督ではなく「指導者」だからだ。

「教えられているのは私たちの方なんですよ」と、子供たちの言動から学ぶ教育現場の先生たちの声を耳にするが、スキッベも広島やJリーグをリスペクトし、学んでいる。

広島の歴代監督には、Jリーグ創設2年目の第1ステージ優勝を果たしたスチュアート・バクスター、現在は北海道コンサドーレ札幌で指揮を執るミハイロ・ペトロヴィッチなど、「指導者の指導者」というカラーをもつ人物が多い。

バクスターの指導を受けた森保(日本代表)や風間八宏(セレッソ大阪アカデミー技術委員長)、高木琢也(前SC相模原)、松田浩(前Vファーレン長崎)、片野坂知宏(ガンバ大阪)、森山佳郎(U15-17日本代表)らは、Jリーグや育成年代の指導で確かな功績を挙げるなど、広島からは多くの名将が生まれている。

育成年代の代表監督経験がある城福浩前監督や有馬賢二コーチもこのタイプの指導者だ。今後はミシャの指導を受けたOBから次なる名将が生まれる気配がある。

開幕から右肩上がりに成長する広島は、おそらくは優勝争いに絡んでくるはずである。

ただそれ以上に将来が楽しみなチームであり、何よりスキッベの指導を受けた選手たちから次世代の名将が生まれそうなことで、もっと先の未来まで楽しみになる。

そうなると日本代表にスキッベが招聘されないかと広島サポーターも心配するところであろうが、カタールW杯でスペインやドイツなど強豪と対戦する日本代表には、そんな広島のような番狂わせを狙うサッカーを期待したい。

本日、E1選手権に挑む日本代表に広島からはGK大迫、DF荒木、佐々木、MF野津田,満田、森島の大量6選手が選出された。

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