「黒い雨」広島高裁判決から1年 “救済対象外”進展なし… 被爆体験者の焦りと怒り

「私たちは疲弊している」と高齢化の現状を憂う岩永さん(左)=長崎市万才町

 広島原爆の「黒い雨」を浴びた原告84人全員を被爆者と認めた広島高裁判決から14日で1年。国は被爆者認定の新基準を設け4月から運用を始めたが、長崎原爆の黒い雨などに遭ったとの証言もある「被爆体験者」は対象から外された。高齢の体験者は焦りと怒りを募らせ、県と長崎市も国に見直しを求めるが進展はない。救済の道は長崎にも開かれるのか。経過と課題をまとめた。

■闘 い

 「私たちの高齢化は深刻。疲弊しているんです」
 6月下旬、長崎地裁前。被爆体験者の岩永千代子さん(86)はマイクを握り、声を振り絞った。被爆者認定を求める集団訴訟の原告。2007年に初提訴したが最高裁で敗れ、一部原告と共に再提訴した。15年に及ぶ闘いの中で亡くなった仲間たちに「病気は原爆のせい、と言ってあげたい」。悲痛な思いを抱く。
 国の指定地域外で長崎原爆に遭った被爆体験者。医療費支給は県内在住者限定で対象疾病も一部に限られるなど、援護内容は被爆者に大きく劣る。昨年度末の県内の被爆体験者は6064人(第2種健康診断受診者証所持者)で、平均年齢は83.4歳。初提訴した07年度から約4千人減った。

■同 じ

 昨年7月の広島高裁判決は「放射能の健康被害が否定できないと立証すれば足りる」と被爆者認定のハードルを下げ、放射性微粒子による内部被ばくの可能性にも言及。国は上告を断念し、原告と「同じような事情」の人の救済を検討すると表明した。長崎の体験者で広島と同様に黒い雨などに遭ったと証言する人は多く、救済への期待が高まった。
 しかし厚生労働省は広島県・市、長崎県・市との5者協議で、被爆者認定対象を広島の黒い雨被害者に限る案を提示。「広島と分断するのか」-。体験者や長崎県・市の反発は受け入れられないまま今年4月、新基準の運用が始まり、対象者は広島の約1万1千人と推定されている。厚労省は長崎県・市と、被爆者認定を巡る過去の訴訟資料を分析する実務者レベルの打ち合わせを続けているが、めぼしい成果はない。

■理 由

 国が体験者を救済対象外とする理由は、(1)被爆体験者が敗訴した最高裁判決が確定(2)長崎の被爆未指定地域で黒い雨が降った客観的記録がない-の2点だ。これらを検証するため県が設置した専門家会議は今月、報告書を公表。(1)に関しては、最高裁が法律的判断を示しておらず判例に当たらないとして、長崎で黒い雨に遭った人に被爆者健康手帳を交付しても矛盾はないと指摘。(2)についても、県市が過去に集めた黒い雨などの証言集を統計的に分析し、客観的記録と認めた。
 専門的見地から国の主張を否定した形だが、厚労省の担当者は取材に「現時点では中身を精査中。今後の方針も決まっていない」と述べるにとどめ、状況が動くかは見通せない。
 被爆体験者支援を続ける県保険医協会の本田孝也会長は、報告書について「住民(被爆体験者)に寄り添ったまっとうな結論だ」と評価。一方で長年診察してきた体験者が「くしの歯が欠けるように亡くなっている」と厳しい現状を語り、長崎原爆の日(8月9日)の来崎が想定される岸田文雄首相の「決断」に注目する。「国が(体験者に)被爆者健康手帳を交付しない理由はなくなった。ここに至って『検討する』などとは言えないはずだ」

「黒い雨」被害救済を巡る1年間の主な経過

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