「アベ政治」を振り返る…「共謀罪」戦前の治安維持法にならないか

安倍元首相が参院選の街頭演説中に銃撃され、死亡したことを受け、「新聞うずみ火」の過去の記事から「アベ政治」の一端を振り返っているが、第2弾は「共謀罪」。2017年6月号から紹介する。(新聞うずみ火編集部)

「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法改正案が2017年5月19日、衆院法務委員会で自民と公明、日本維新の会の賛成多数で可決した。一般市民は対象になるのか、テロ対策につながるのか。いくつもの疑念を残したまま、与党側は審議時間の目安とする30時間に達したとして採決を強行した。残されたままの疑念について、共謀罪に詳しい永嶋靖久弁護士らとともに検証する。(新聞うずみ火2017年6月号)

組織犯罪処罰法改正案は、東京五輪・パラリンピックを控えたテロ対策の必要性から「テロ等準備罪」を新設するというもの。2人以上が犯罪の計画を相談(共謀)し、その後に準備行為があったら、計画された犯罪が実行されなくても罰せられ、法定刑の長期(上限)が4年以上の刑法全般について計画段階で処罰できるという内容はまさに「共謀罪」そのもの。

「共謀罪」だと過去3回も廃案になったように、世論の反発を買う。五輪のためのテロ防止と訴えれば支持を得やすいと考えたのだろうが、法案にはテロのための条文はない。

今回は対象となる犯罪の数をこれまでの676から277へと大幅に絞り込んでいるが、その中には誰が見てもテロと無関係な犯罪が数多く含まれている。

■テロ防止 すでに法整備

そもそも、なぜ「共謀罪」法案が必要なのか

2000年に国境を超えた組織犯罪に対処するため、国連総会で「国際組織犯罪防止条約」(パレルモ条約)が採択された。政府は、締結するために必要な法整備(共謀罪)が必要だと説明する。

「政治家の犯罪は『共謀罪』の対象から除外されている」と話す永嶋弁護士=2017年5月

パレルモ条約は法整備を求めてはいるが、立法措置が必要だとは書いていない。永嶋弁護士は「パレルモ条約が採択されたのはアメリカ同時多発テロの前年で、マフィア対策なのです。マネーロンダリング(資金洗浄)や麻薬売買、人身売買などを行う国際的な犯罪集団に対して各国が協力して対応していこうというのが目的」と述べ、「共謀罪」法案がなくても条約の締結ができると主張している。

「もともとマフィア対策として出てきたのがテロ対策に変わるなど、条約本来の目的と違っている。メディアが『テロ等準備罪』という通称を使うことも間違いです」

では、「共謀罪」がなくてもテロ対策は大丈夫なのか。

永嶋弁護士は「テロ対策のために、わざわざ『共謀罪』を新設する必要はない」という。

「日本はテロ防止関連諸条約13本を批准し、これに対応する立法がすでになされています。また、国内法では、爆発物取締罰則、化学兵器、サリン、航空機の強取、銃砲刀剣類所持等取締法など、実際に行動を起こす前の『予備』の段階で処罰することが可能となっており、現在の法律で十分事足りるのです」

4月25日の衆院法務委での参考人質疑に臨んだ京都大大学院の高山佳奈子教授(刑事法)もこう証言している。

「五輪の開催決定の翌14年に改正された『テロ資金提供処罰法』の新しい条文により、テロ目的による資金、土地、建物、物品、役務その他の利益の提供が包括的に処罰の対象に新しくなりました。これでほとんどのテロ目的の行為はカバーできています」

参考記事:「アベ政治」を振り返る…「森友問題」財務省文書改ざん発覚 誰の指示だったのか

■捜査対象 依然あいまい

共謀罪の法案をめぐる最大の疑念は、一般市民が対象になるか否か。

政府は当初、「組織的犯罪集団」だけが対象で、一般人は関係ないと説明した。組織的犯罪集団について「犯罪をおかすことを目的とする集団」としていたが、「目的が正常でも、一変した段階で一般人であるわけがない」と言い換えるなど、国会での審議を見る限り、組織的犯罪集団の定義があいまいである。

それでも、「犯罪の相談などしないから一般人の自分は関係ない」という声も少なくない。永嶋弁護士は「捜査機関が組織的犯罪集団として認定すれば、処罰対象になる恐れがあります。労働組合や市民団体もその例外ではないということです」と指摘する。

決して他人事ではない。

■原発・基地反対運動も?

277の対象犯罪の一つに「電気事業法」がある。一般人には馴染みがないが、電力の正常な供給を定めた法律で、共謀罪が成立すると、電力の正常な供給を妨げるものとして原発反対運動が対象にされかねない。

そのほかにも、沖縄・辺野古新基地建設を阻止しようと相談(共謀)すると、組織的威力業務妨害の共謀罪となる可能性もあるという。

「共謀罪」の危険性を訴える服部良一さん㊨=2017年5月、大阪市北区

一般市民を対象とした多くの犯罪が適用となるのに、「政治家が関係する典型的な犯罪が除かれている」と永嶋弁護士は指摘する。

「公職選挙法や政党助成法違反が除外されており、国会議員と秘書が政治資金規正法に触れることを共謀しても捜査の対象にならない。警察などによる特別公務員職権濫用法も除外されるなど、国家権力側を対象とする犯罪が法案の適用外となっています」

■電話やメール 丸裸に

「共謀罪」ができれば、私たちの社会はどう変わるのか。

国連プライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・カナタチ氏が「共謀罪に関する法案はプライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と懸念を示す書簡を安倍首相あてに送付した。

労働問題や人権問題に詳しい定岡由紀子弁護士によると、書簡では、法案の「計画」や「準備行為」の文言が抽象的であり、恣意的な適用の恐れがあること、対象となる犯罪が幅広く、テロリズムや組織犯罪と無関係のものを含んでいることを指摘している。

さらに、いかなる行為が処罰の対象になるのか不明確であり、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題があるとしているという。

共謀罪が成立すれば、特定秘密保護法などと組み合わせて、戦前の治安維持法のように運用されるのではないかという危惧は拭い去れない。

共謀罪は、実際に行動しなくても「犯罪を行う合意が成立する」だけで処罰される。

永嶋弁護士はいう。「相談(共謀)段階で取り締まろうと思ったら、そこで何が話し合わせているのかを傍受する必要があります。すでに『通信傍受法』(盗聴法)は大幅に強化されており、電話以外にもメールやライン、フェイスブックなどを日常的にチェックされ、室内の会話を盗聴する方向に進むでしょうね」

参考記事:「森友問題の本質は国有地売却と小学校認可」木村真・豊中市議

今後、おかしいと思っても声に出せない人が増えるなど、社会の委縮と分断が始まhttps://uzumibi.jp/archives/1087るのではないか。

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