「お前らが行く海はこんなもんじゃない!」  “海猿” 目指す若者のまなざし 養成訓練をテレビ初の水中取材

海の安全を守る海上保安庁の潜水士、通称「海猿」。毎年、広島・呉市では、この海猿たちを育てる訓練が行われています。彼らの厳しい訓練をRCCのカメラマンが水中取材しました。テレビ局のカメラマンによるこの訓練の撮影は初めてです。

【写真を見る】「お前らが行く海はこんなもんじゃない!」 “海猿” 目指す若者のまなざし 養成訓練をテレビ初の水中取材

昼間でも太陽の光があまり届かない水深30メートルの世界…。

1つのボンベの空気を2人で分け合う「バディーブリージング」。緊急時を想定した訓練です。言葉の通じない水中に呼吸の音だけが響きます。

海上保安庁の潜水士は、転覆や沈没した船に取り残された人を救出したり、海上の行方不明者を捜索したりします。

ヘリコプターでの吊り上げ救助技術や火災・テロ対策など、高度な知識を身に着けた海難救助のエキスパート「特殊救難隊」も潜水士がベースになっています。

「あげとけ! 下げるな!」「はい!」

潜水士を育てる研修は、呉市の海上保安大学校で年に2回行われます。30歳未満の全国の海上保安官の中から、適性によって選ばれた人だけに参加が許されます。

2か月間の訓練と国家試験をクリアすれば、海上保安庁の潜水士に任命されます。

「研修生 総員18名、整列よし」「休ませ!」

この日、研修生たちはプールでの訓練を終え、その舞台を海へと移していました。

研修生・原田和宏さんです。18人の研修生の中では、唯一の広島出身です。

第6管区高松海上保安部 巡視船いぶき 原田和宏さん
「心折れそうになるときもあったんですけど、同期17名と一緒に支えあって、今、ここまで来れたので、あと1週間、全員でこの研修を修了できたらいいな」

「隊列を維持しろ!」「速く漕げ!」

海では、天候や潮の流れ、視界の悪さなど、環境が安定したプールとは状況が大きく異なります。

指導する潜水士
「お前らが行く海は(もっと)荒れてるんじゃないの? こんなもんじゃないよ! 波も風もあるし、声出せよ!」

レジャーでの潜水と違い、荒れた海での活動を求められる潜水士は、命綱であるロープ「索」をどんなときでも離してはいけません。

「塞止弁 開放、瀬井、残圧180」「原田、残圧180」

潜水士は2人1組の “バディ” で行動します。「相棒」という意味です。

この研修では、原田さんと瀬井さんがバディを組んでいます。2人とも潜水士を目指すことになったきっかけは、幼いころに見た映画「海猿」でした。

海猿という言葉は、マンガが発祥の造語で、映画にもなり、「海の中で活発に動くことができる猿」をイメージしています。映画では、陸でも「活発」で「やんちゃ」といった意味でも使われていましたが…。

「個人の時間も少なくて、うまく息抜きしないとメンタル的にしんどいことばかりが続くので、みんな各々、買い物に行ったり、温泉に行ったり、そういうことでおいしいものを食べたりとかしてリフレッシュしています」

― 健全な海猿なんですね?
「そうですね。健全な海猿です」

「こういうご時世なので」

深い水深での潜水は、視界の悪さだけでなく、さまざまなことに注意が必要になります。圧力の高い空気での呼吸は、酒に酔ったような「窒素酔い」や、また、命の危険も伴なう減圧症と呼ばれる症状を引き起こすことがあります。

原田さんたちは、「ハンドシグナル」と呼ばれる手を使ったサインを使ったコミュニケーションで課題をクリアしました。

「OK!」「原田(残圧)80、瀬井60」

研修生の指導には教官をはじめ現役の潜水士があたります。

井上裕貴指導潜水士
「支援がないと、おれら潜水士は1人では潜れない。しっかり支援に自分らが今、安全に着きましたよ、これから作業を始めますよっていう意味も込めて(船上へ)信号を打つのだから忘れないようにしっかりやらないと忘れてましたじゃすまない」

別の指導潜水士
「バディ間でOKを出したりとかはけっこう多くて、コミュニケーションが取れているな。現場に出ても続けてやって」

井上裕貴指導潜水士
「怒っているばかりだと、研修生もなえてくるので。研修生が自分で考えて、うまくできたこととかは『これ、よかったな」というふうにほめたりもするようにします」

自身も厳しい指導を受けてきた指導潜水士たちは、「厳しさ」だけでなく、研修生の能力をよりのばすための「ほめ方」を意識しているそうです。

研修中、バディは常に一緒に過ごします。しかし、水中でのあうんの呼吸の秘訣は一緒にいる時間の長さだけではないようです。

第8管区海上保安本部 巡視船おき 瀬井雄貴さん
「(学生時代から)仲良くてバディになったときは、意思疎通は完璧って思ったけど、水中はうまくいかなくて…。話し合って失敗したら工夫してをずっと繰り返してきて、徐々によくなっていったのかなあ」

この日も翌日の新たな課題について夜遅くまで話し合いました。

「最後まで出し切れ!」

訓練最終日。水中で熱中症になるほどの猛暑の中、朝から熱い声が響いていました。

原田和宏さん
「途中、やばかったね」

瀬井雄貴さん
「顔が死んでたよ」

最後の課題は、「捜索訓練」です。

これまで学んだ潜水技術をすべて使い、研修生チーム全体で連携をしながら制限時間内に教官が隠した6つの小石を探し出します。

小石を見つけた場合に仲間に知らせる索信号も計画どおりしっかりと送っていました。

研修生たちは、水中で驚くほどスムーズな連携ワザですべての小石を見つけきることができました。

厳しい研修を終えた研修生は、全国で潜水士として活動します。

海上保安大学校 訓練部 恰和広教官
「これからの潜水士人生の方がもうずっと長く厳しい。どれだけ苦しい場面があっても絶対逃げないように苦しいことを乗り越える精神力を身に付けてほしい」

「かかれ!」

研修の締めに研修生たちが教官たちを次々に海に落とす伝統なのだそうです。

第8管区海上保安本部 巡視船おき 瀬井雄貴さん
「無事に2か月間、終わったというほっとした気持ちとこれから潜水士として活動する『やってやるぞ』という強い気持ちでいっぱいです」
「これから基礎から応用に変えていって、どんどん自分とスキルを上げていくということを目標にがんばっていきたい」

第6管区高松海上保安部 巡視船いぶき 原田和宏さん
「この苦しかった研修を乗り越えた仲間として一生忘れることのない仲間になったと思います。」

「これから現場に出て、苦しいことやつらいこともあると思うんですけど、現場に出て離れ離れになってしまうんですけども、そういう際でもお互い励ましあって潜水士としてがんばっていきたいと思います」

(撮影/RCCカメラマン 白山貴浩)

© 株式会社中国放送