【サンデー美術館】 No.291 「匈奴王、呆ける。」

▲塞外射猟図(部分) 佐々木縮往 1729年 山口県立美術館蔵

 「塞外」とは万里の長城の外側のこと。つまり、この縦42㎝、横10m余りの長大なる画巻で、思う存分に狩猟を楽しんでいるのは、前漢時代(紀元前206-8年)、中国北方で活躍した遊牧騎馬民族、匈奴の人々なのである。

 広大な平原を舞台に、馬を駆って虎を追い、熊、鹿を仕留め、鳥を射る一大スペクタクル。一方で、獲物を食するためにせわしげに準備をする人々の生き生きとした表情。画面全体に賑やかな雰囲気が充満するなか、一か所だけ、ユルい場面が登場する。虎皮を敷いた玉座に座る男が食事もそっちのけであらぬ方向を見つめ、我を忘れているのだ。男の名は、呼韓邪単于。言わずと知れた匈奴王である。英雄が呆ける。となればそこには当然のごとく美女がいる。政略結婚で中国の後宮から匈奴に嫁がされることとなった伝説の美女、王昭君。まだ見ぬ美女を待ちわびて呆ける匈奴王という演出もまた、この画巻の見どころの一つである。

※「江戸時代の動的画巻」展(9月4日まで)より

山口県立美術館副館長 河野 通孝

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