氾濫の危険、住民が電話で呼びかけ 『何かあったら助けて』と言える関係を 備える 諫早大水害65年<下>

台風シーズンを迎え、天満町自治会の防災マップで町内の浸水想定エリアを確認する堀口会長(中央)ら=諫早市、同町公民館

 梅雨入り後の6月18日、諫早市天満町で開かれた研修会。同町自治会長の堀口春記(80)が呼びかけた。「携帯電話は充電し、いつでも連絡が取れるようにしておいてください」
 集まったのは「誘導隊員」と呼ばれる住民ら約50人。町内で120人が犠牲になった諫早大水害を教訓に、同町自治会は昨年6月、本明川氾濫に備えた避難誘導体制を構築した。
 大雨などで氾濫の危険が迫ってきた場合、堀口が発動を判断。浸水想定地域の約140世帯に対し、住民有志の隊員ら44人が電話で避難を呼びかけ、無事に終えたかまで確認する仕組みだ。要支援者は近くの隊員が車で搬送する。
 幸い、これまで発動には至っておらず、どこまで機能するのか、どのような課題が出てくるのか見通せない部分があるのは事実。「もう一人も犠牲者を出してはいけない。隊員には普段から担当世帯とコミュニケーションを取ってくれと言っている」。大水害を体験した堀口は力を込める。
 「避難」をキーワードにした取り組みはほかにも広がりつつある。旭町第二町内会は3年前、町内の日本料理店と覚書を交わし、風水害時の一時的な避難所として広間を開放してもらえるようにした。市の指定避難所までは距離があり、高齢者には移動が難しいからだ。これまでに2回、延べ約30人が身を寄せた。町内会長の今里浩士(59)は「避難所が遠いから避難しない、結果として逃げ遅れる、そんな最悪の事態だけは避けたかった」と言う。
 こんな数字がある。雲仙市小浜町雲仙で3人が犠牲になった昨年8月の土砂災害を受け、同市社会福祉協議会と鎮西学院大が実施した地元住民意識調査(200件回収)。避難しなかった住民に理由を尋ねたところ、「被害に遭うとは思わなかった」(11%)などのほか、「避難所が遠い」が10%、「声かけがなかったから」も4%いた。どうすれば避難行動を起こすかの問いには、17%が「近所が避難を始めたら」、16%が「避難所が近くにあれば」、14%が「近所から呼びかけがあれば」と答えた。
 調査に携わった同大教授の岩永秀徳(地域福祉)はこう指摘する。「災害時、行政力には限界があり、地域の福祉力が問われる。『何かあったら助けて』と言えるような顔の見える関係、つながりを再構築し、緊急避難先として近場のビルの管理者に協力を依頼しておくことも大切。日ごろから地域でできることはたくさんある」。諫早大水害を教訓に災害にどう備えるか。地域の模索が続く。
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