歴史は疑って学べ 人間を推察するおもしろさを学校で 東京大学史料編纂所教授・本郷和人さん

東京大学史料編纂所教授の本郷和人さん

 「1万円札っていくらですか」って子どもたちに聞くと「1万円じゃん」って多くの子が答えるのですが、中には1万円札の原価を尋ねられているのかって気づく子がいます。原価はもちろん1万円よりずっと安いのだけれど、ではなぜ1万円で流通するかっていうと、それが貨幣というものだから。

 日本最古の貨幣は和同開珎だ富本銭だって習うけれど、正確にはあれは貨幣じゃないんです。なぜなら、ほとんど流通しなかったから。流通しなければ貨幣じゃない。それでいうと日本最古の貨幣は鎌倉時代の宋銭です。そんなことは学校では教わらないかもしれませんね。

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 歴史が嫌いとか苦手っていう人がいるのは、暗記する学問になっているからでしょう。子どもたちが知りたいのは、当時どんなものを食べてたんだとか、1日をどうやって過ごしていたんだろうとか当時の暮らしや生活、営みですよね。それを年代や人物名を覚えるだけになってしまうとつまらない。残念です。

 鎌倉幕府の成立は、学校で昔は1192年と習いましたが、近年は源頼朝が朝廷から地頭を置く権利を認められた1185年となっています。私は1180年説です。鎌倉幕府は朝廷に関係なく、頼朝のイニシアティブで論功行賞を行った年が始まりという理由です。

 歴史の流れや当時の状況を「考える」学問の日本史で、「鎌倉幕府が成立した年は何年?」という問題が成り立つのかと私は疑問に思っています。「あなたは鎌倉幕府の成立は何年だと思いますか。その理由も書きなさい」が本来ではないでしょうか? 採点をどうするのかなど現実的な問題は残りますが。

 私の師匠に当たる先生は、教科書の編纂(さん)もしていて、「なぜ、あんなに分厚く、知識満載の教科書を作るんですか」と聞いたことがあります。そしたら先生は「考える材料はたくさんあったほうが面白いだろう?」って。先生は当時の暮らしぶりなどを推察する材料として、教科書にたくさんの情報を載せていた。

 だけど学校の試験や入試では、その情報をどれだけ覚えているか、となってしまう。さらに結果に差が出るよう、重箱の隅をつついたような知られていないところから出題される。それではまるでクイズです。

 歴史の学問は、見つかっている史料からどうしてそうなったのかなあと、人間とその営みを推察していく学問だから面白い。福井なら橋本左内の思想はどうだったか、なぜ安政の大獄につながったか、松平春嶽の果たした役割は、って考えてみるなどです。1年間ずっとそれをやってもいい。すると大学入試は?って話になるんですが、極端な私論ですが、入試科目から日本史を外せばいい。そうすると面白さを追求する日本史の授業ができるのではと思ったりもします。非現実的ですが。

 越前でいえば朝倉敏景。孝景などの名もあっていいかげんだなあとも思うのですが、非常に合理的な人で十七箇条という家訓を作った。その中の一項目に、政治ごとには他国の人間を使うなとあります。ちょうどこの戦国時代頃から郷土意識、地元の人間は仲間だという意識が生まれてきたのですね。

歴史好きがオススメする日本史の学び方は?

 自分は中世史が専門だから特にそう思うのですが、高校ぐらいまでの日本史は江戸時代以降からを学ぶのがいいんじゃないかと思います。江戸以降はいまの町づくりにつながっているから、学ぶことで郷土愛が生まれやすい。

 私の奥さんは、うちの編纂所の所長で私の上司ですが、先日「秋田県と山形県って隣同士ということは、秋田県って太平洋側だっけ?」と聞いてきました。そんなことにならない程度に、江戸より古い時代は、鎌倉と室町がどっちが先かぐらい程度に歴史を知っていてもらえればいい。

 私は歴史が大好きで、歴史が好きな人を増やしたいから、考えるプロセスを大事にした歴史の授業があればなあと、定年になったら高校の歴史の先生に、なんて思ってみたりもしています。

【本郷和人(ほんごう・かずと)】1960年生まれ、東京大学史料編纂所教授。東京大学文学部卒。専門は日本中世史。著書は「日本史のツボ」「承久の乱」など多数。「日本史は、未知を相手にする学問である」「日本史を疑ってみよう」という2022年5月発刊の「日本史を疑え」(文春新書)は歴史用語のズレの指摘や、資料解釈の面白さなどを分かりやすく紹介しベストセラーに。

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