中国軍事演習の実態

澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国軍の軍事演習は日本メディアが伝えているほど、深刻ではない可能性がある。

・中国は、ペロシ訪台は中国の内政に対する重大な内政干渉であり、台湾海峡の平和と安定に対する重大な脅威、と非難。

・中国は台湾と軍事衝突を生じさせる意図はなく、軍事演習は「(台湾封鎖)演習のプロセスを完了させることに重きを置き、紛争を引き起こさないようにした」との見方も。

我が国では、中国軍の軍事演習が台湾や日本に大きな脅威を与えていると報道されている。ところが、その演習は日本メディアが伝えているほど、深刻ではないかもしれない。

それを述べる前に、ナンシー・ペロシ米下院議長訪台後、米中間の“非難の応酬”について簡単に触れておこう。

今年8月5日、中国は、米国に対し、8項目の「対抗措置」を発表(a)した。

(1)米軍幹部との対話取りやめ。

(2)米国防総省との作業会合中止。

(3)海の安全巡る米国との会合取りやめ。

(4)犯罪対策の対米協力停止。

(5)不法移民送還に関する米国との協力停止。

(6)米国との司法協力停止。

(7)麻薬との闘いでの対米協力停止。

(8)気候に関する米国との協議停止。

また、中国外務省は、ペロシ訪台は中国の内政に対する重大な干渉であり、中国の主権と領土保全に対し重大な損害を与え、「一つの中国」の原則に対する重大な違反であり、台湾海峡の平和と安定に対する重大な脅威である(b)、と主張した。そして、ペロシ議長と直系尊属に対し、“悪辣な挑発行為”への制裁措置を発表している。

▲写真 ナンシー・ペロシ米下院議長が韓国にて地域の安全保障について語る。(2022年8月4日) 出典:Photo by Kim Min-Hee – Pool/Getty Images

一方、ホワイトハウスは秦剛駐米中国大使を呼び、台湾周辺での中国の軍事訓練という“挑発行為”に抗議した。また、ブリンケン国務長官は、ペロシ議長の台湾訪問に対する北京の反応が過度に“挑発的”だと非難している。

閑話休題。『中国瞭望』に「東部戦区でのシグナルの異常 演習計画が何度も変更される」(2022年8月8日付)という興味深い記事が掲載された(c)ので、紹介しよう。

昨今、両岸関係が緊迫する中、中国軍東部戦区は対台湾軍事演習を前に、異例の指揮官交代を行い、演習計画が何回も修正されたので、耳目を集めた。

8月3日、ペロシ議長が台湾を離れた後、習近平政権は台湾への報復として、翌4日から7日までの4日間、実弾軍事演習を開始した。

同5日、中国メディア『澎湃新聞』は今度の軍事演習前、王仲才が東部戦区の新海軍司令官に、梅文が同区新政治委員に就任したと報じている(政治委員は司令官の“お目付け役”)。通常、臨戦体制中に指揮官を交代させることは“軍事的タブー”とされる。

王仲才(59歳)は以前、東海艦隊に勤務していたが、2017年7月、海軍少将に昇進した。翌18年6月、機構改革で海警局が創設され、王仲才は同局トップとなっている。

他方、梅文(57歳)は空母「遼寧」の政治委員で、南海艦隊の某駆逐艦政治委員、駆逐艦某分遣隊政治部主任等を歴任した。

かつて元中国海軍司令部中佐参謀の姚誠(譚春正)は、中国軍内部には様々な派閥が存在すると暴露した。そして、姚誠は、習主席は福建省厦門にいた時、旧31軍集団と軍制改革後の 73軍集団とだけは、良い関係を築いていたと語っている。ただ、「海軍は元々、習主席の言うことを全く聞かない。海軍はずっと江沢民元主席の部下だった」という。

さて、東部戦区は台湾に対する威嚇的な軍事演習を行った。だが、4日間予定されていたミサイル発射訓練は、わずか2時間余りで急遽、終了した。発射された11基の東風短距離ミサイルは、すべて日米台の厳重な監視下にあり、ミサイルのデータは「完全に捕捉」されているまた、中国による軍事演習中、台湾の軍艦は中国軍艦を至近距離で監視していた。

8月7日、ロイターは、台湾海峡で中台の軍艦10隻が近距離で航行し、台湾の軍艦は中国軍艦が海峡の「中心線」を越えるのを、可能な限り監視・阻止した。けれども、双方は自制したと報じている。

台湾の軍事コメンテーター、亓(き)楽義はシンガポールの『聯合早報』に対し、北京は台湾と軍事衝突を生じさせる意図はなく、軍事演習は「(台湾封鎖)演習のプロセスを完了させることに重きを置き、紛争を引き起こさないようにした」と語った。

亓は、軍事演習中、中台は(双方共に)自制して「事故を起こさないように最善を尽くした」と述べた。しかし、習政権は今後、このような軍事演習をたびたび行い、台湾海峡の緊張を更に高める公算が大きいかもしれない。

同7日、中国の軍事演習は終了した。翌8日、東部戦区は台湾周辺の空域で実戦的合同訓練を継続し、対潜・海上攻撃共同作戦の組織化に焦点を当てると発表した。

他方、東部戦区は、渤海の一部で1ヶ月の軍事任務を遂行すると公表した。また、黄海南部の一部で、8月6日から10日間、実弾射撃が行われる。

黄海と渤海は台湾海峡と距離が遠いため、一見、今回の演習とは無関係のようだが、実際にはこれが一連の演習プロセスの流れである(中国は台湾を脅しながらも、その同盟国、日米の反撃を防がなければならないため)。

<注>

(a)『ブルームバーグ』「中国、ペロシ米下院議長に制裁-8項目の対抗策も発表」(2022年8月5日付)

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(b)『中国瞭望』「北京はペロシに対する制裁を発表、中国と米国は挑発行為を非難し合う」(2022年8月5日付)

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トップ写真:台湾の基隆市にて台湾の海軍艦艇が停留(2022年8月7日) 出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images

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