新型コロナと緊急事態宣言 生活むしばむ感染拡大

新型コロナウイルスの国内の感染者が4月18日、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗船者を除いて1万人を超えた。特別措置法に基づく緊急事態宣言が東京や大阪、兵庫など7都府県から全国に拡大されたが、増加ペースに歯止めがかからない。各方面に経済的な影響が広がるが、新聞うずみ火の読者の中からも「このままでは生活が破綻する」と悲鳴が上がっている。(新聞うずみ火編集部)

「コロナで潰れます! 長男の『奈良県映画センター』がコロナの影響をもろに受けています

奈良県大和郡山市で出版社「遊絲社」を営む溝江玲子さん(82)から悲痛なメールが飛び込んできた。

奈良県映画センターは、映画館のない地域にも上質の映画をスクリーンで届ける上映運動を展開する「映画センター全国連絡会議」の奈良支部。長男の純さん(53)が自宅倉庫を改装して拠点にし、県内の市町村や小中高校、老人施設などで移動上映を担ってきた。

どんな映画を上映するか、主催者と話し合いを重ね、ポスターやチラシ、チケットなどを作って来場を呼びかける。当日はフィルムや映写機、暗幕やスクリーンなどの機材を車で運び、アルバイトと会場設営、上映後の片づけまで担ってきた。書き入れ時は夏休みで、売り上げが30万円を超えた月もあったという

ところが、今回のコロナ禍で3、4月の上映会はすべてキャンセル。移動映画会も映画館と同じで、密閉、密集、密接の「3密」が避けられないからだ。収入がゼロになったばかりか、すでに作っていたポスターやチラシなどの制作費計11万円もかぶらねばならない。

いつもは買い物客でにぎわうグランフロントは人影もまばら(4月22日)

「まったく先が見えません」と、純さんの声はか弱い。

数日後、溝江さんからのメールはこんな言葉で締めくくられていた。

「学校関係の上映は全部中止になるのは分かりきっています。雀の涙ほどの給料もなく、経費はどんどん出て行きます。もうお手上げ」

■タクシー業界悲痛

「悲惨な戦いを強いられています」

個人タクシーの運転手、青野秀樹さん(59)からメッセージを受け、その日の夜、予約を入れた。大阪・梅田の事務所から兵庫県尼崎市の自宅まで、車中での取材をお願いした。

「きょう3人目です。25年のタクシー人生で、こんなことは初めてですよ」

感染拡大に伴うイベント自粛やテレワークの推奨、観光客の激減で人の動きが停滞し、タクシー業界を直撃している。

「3月初めはまだ人の動きはありました。しんどくなってきたのは3月末。緊急事態宣言が出された4月7日以降はピタッと止まりました。それまで1日平均3万円あった売上が4月に入ると1万円台に……。オイル交換や任意保険代、車庫代などの固定費が月割りで約15万円が飛んでいくので苦しいです」

いつもは通勤客が大勢行き交う朝の大阪駅近くもひっそり(4月17日)

緊急事態宣言で、車窓から見る夜の街は人影もほとんどない。阪急十三駅周辺の繁華街では至る所に客待ちのタクシーが並んでいた。すれ違うタクシーの「空車」の赤い文字がむなしく見える。

「知り合いの運転手の中には『10時間走って5000円しかなかった』とか、『売り上げが8割ほど減り、手取りが10万円を切った』という人も少なくありません。まさに生き地獄です」

利用者心理で言えば、いかに換気しているとはいえ、狭い車内で同じ空気を吸っているという不安もタクシーが敬遠される理由の一つだろう。

一方で、不特定多数の客を乗せる運転手自身も感染の危険にさらされている。乗客の利用目的を知らないこともほとんどで、例えば、感染の疑いがある人が「帰国者・接触者外来」で診察を受ける場合には公共交通機関を使わず来院することが原則だが、自家用車がない人がタクシーを利用するケースがないとは言えない。

「毎朝、熱を計って乗車するようになりました。お客さまにはマスクをしていただくようにしており、代金も直接受け取らないようにしています。それでも、いつ感染しているかもわからないので、年老いた両親への見舞いも遠慮しています」

東京都内を中心にタクシー事業を展開する「ロイヤルリムジングループ」が新型コロナの影響で経営状態が悪化、600人の運転手を解雇し。会社側が「休ませて休業手当を支払うより、解雇して雇用保険の失業給付を受けた方がいいと判断した」「終息すれば再雇用したい」などと説明したのが好意的に受け止められているがどうなのか。

青野さんは「許されないこと」と言い、こう説明する。

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「会社から突然告げられ、退職合意書にサインするよう求められた。解雇ではなく、退職勧奨の形式が取られたそうです。即時解雇の場合には平均賃金の支払いが義務付けられますが、退職の場合は払わなくてもいい。再雇用の約束にしても守られる保証はない。ブラック企業ですね。こんなやり方が増えるのではないですか」

■ライブハウス閉店

3月30日、大阪市中央区日本橋のライブハウス「太陽と月」が閉店した。10年5カ月間にわたって経営してきた木谷安孝さん(45)のメッセージには無念の思いがつづられていた。

「諸事情により本日を持ちまして営業を終わらせていただきます

現時点で被害者はゼロですが、今後、この時勢でそれを維持することができるかどうか。

皆さんの安全を守れるかどうか、頑張るということだけでは埋まらないプレッシャーを毎日抱えて営業していました。私が私の采配ですべての判断ができるなら責任もとれますが、貸しスペースという側面もある以上、皆さんのご事情も様々です。

そこに対して討論して、それを繰り返しながら答えを出すのはこの騒動では難しいと感じました。……」

政府による自粛要請が始まった2月下旬以降、各地のライブハウスでは公演の中止が相次いでいる。3月には大阪市内のライブハウスでの集団感染が発生。さらに、緊急事態宣言で「3密」にあたるとして、営業自粛や休業要請を受けたこともあり、どこも経営難に直面している。

木谷さんが店を閉める決断をしたきっかけはスタッフが感染したこと。アメリカから戻ってから微熱が続いた。受診しても知恵熱ではと言われたが、別の病院で渡米していたことを打ち明けると、コロナの可能性があると言われた。PCR検査の結果、陽性反応が出たため、3月28日に入院した。そのスタッフには週に1回ほど、手伝ってもらっていた。

木谷さんは客と演者の安全を確認し、保健所に確認したところ、「営業しても問題ない」とのお墨付きを得た。

しかし、演者の一人がSNSで公演中止の理由を書き込んだところ、炎上。木谷さんは「判断しないといけない」と思い、2週間の自宅待機を自らに課した。

木谷さんのメッセージはこう続く。

「この騒動の一番の問題は、無知ゆえの恐怖です。それが風評被害を生みます。

僕は思います。ワクチンではなく、この『無知ゆえの恐怖』に勝つ力がついた時に、人はこの騒動を終わらせることができるのはないかと……」

新幸さんの挑戦、YouTubeでの落語配信

木谷さんにとっての「城」は40人ほどで満席になるスペース。売り上げは多い月で60万円ほどだったが、家賃や光熱費、人件費、飲食の仕入れなどで手元にはほとんど残らなかった。さらに、店を閉めるにあたって引っ越し代や現場復帰のための費用がかさみ、これまでの貯えは底をつきつつあるという。

落語家、露の新幸としても、木谷さんは苦境に立たされている。3月1日を最後に落語会はすべてキャンセル。5月も予定は真っ白だという

家族は妻と2人の子供の4人。妻がパートに出ており、新幸さんも新たな挑戦を始めた。YouTube チャンネルによる生落語会だ。

「太陽と月」で、音楽や落語を通じていろいろな出会いが生まれたという

「僕にとっては確かな手応えのある『力』です」

■ネオン街ひっそり

大阪府が休業要請して初めての週末を迎えた大阪・キタ。うずみ火事務所がテナントとして入る大阪市北区の雑居ビルは、私鉄や地下鉄、JRの駅から数分の繁華街にあるが、午後7時過ぎの路地裏はひっそりとしていた。周辺の大型商業ビルは軒並み休業、居酒屋もほとんどがシャッターを下ろしている。いつもなら迷路のような通路に酔客があふれる阪急・大阪梅田駅前の「梅田食道街」も休業中だった。そのまま近くの「阪急東通商店街」に足を伸ばす。いつもなら誰かの肩に触れずに歩くのも難しいほどだが、通行人もまばら。営業している店も数えるほどだ。

一角にある『季節料理 川上』の明かりはついていた。10人も入ればいっぱいのカウンターの店だが、先代の川上弘子ママから数えて半世紀近く、店の暖簾を守っている。

二代目店主の西森美智子さんは「いまは以前の半分以下ですね。先代のママは『暇は3日』って言っていました。暇な日が3日続いても、またお客さんは入ると。それが今回は通じない。けた違いに暇ですねえ」とため息まじりに不安を口にした。

常連客が支える店だが、その大部分は高齢で、コロナの感染拡大とともに外出を控える客が多い。

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居酒屋を含む飲食店は休業要請の対象外。だが営業は午後8時まで、酒類提供は午後7時までと線引きされた。

「休業に対して補償があるならともかく……。お客さんが来る来ないにかかわらず、とりあえず店を開けています。こういうやり方しかできないから。でも、私は一人なのでこれができますが、人件費のかかる店はそうはいかないでしょうね」

まもなく、テナントの大家に家賃の相談をするつもりだという。いつもなら、目にも鮮やかな名物の大皿料理が並んでいたカウンターが、寂しそうだった。

■陰性検査も負担増

地方衛生研究所勤務の読者Aさんからもメールをいただいた。新型コロナの検査を担当する全国の衛生研究所の一つ。PCR検査をめぐってはなかなか検査数が増えないことなどが報じられている。市民にとっても検査の問題は、大きな関心事の一つであり、不安材料でもある。

Aさんの職場も「いっぱいいっぱいの状態」だという。入院患者が回復し、退院させるための陰性確認の検査が結構な割合を占めているからだという。

「2回の陰性を確認しないと退院できません。このウイルスは、回復してもかなりの期間、ウイルスを排出し続けるので回復後、退院まで一人当たり数回の検査が必要になってくるのです。新規の人の検査の上に、この陰性確認がかなりの負担になっています」

感染が深刻化するとともに、検査の拡大は急務に見えるが、現場ではどう受け止めているのだろうか。

「検査を拡大するためには、24時間体制で受け付けしていても相談が殺到している保健所を通さずに、検査を受付できるシステム、安全に検体採取する場所、採取する医師スタッフ、検体を搬送する人、検査する機関、感染病原体を扱うことに熟練したスタッフ、十分な検査機器、そして、恐らくものすごい数になる軽症の陽性者をどうするかです。能力のある民間機関に検査を回すこと。指定病院を圧迫しないように、軽症者の処遇をどうするか。きっちり対策立てないと、医療崩壊は起こると思います」

大阪市長が防護服に代わって雨ガッパ提供を市民に呼びかけ。市役所では職員が大量の段ボールの仕分けに追われた(4月21日)

Aさんはこのように指摘したうえで、検査を担う現場の厳しい状況を案じた。

「検査に追いまくられる中で、全国の衛生研究所で勃発している検査間違い、どこでも起こりそうです。狂牛病BSEの検査を間違い、自殺した獣医を思い出し心痛みます。現場で必死で働いている人たちを追い詰めることない対策を心から望みます」

■発熱の患者に苦慮

感染者が増大するなか、医療システムの崩壊という懸念も高まっている。大阪では4月半ば、重篤な患者を受け入れる3次救急医療を担う府内4カ所の病院が、新型コロナの重症者を優先するため、救急受け入れを停止したり、一部を制限したりしている実態が報じられた。

4カ所の一つは堺市にある。緒方浩美さんは、同市内の耳原鳳クリニックの内科医として外来診療や在宅患者の医療に追われる日々だ。コロナに感染した疑いの患者を断る医療機関も少なくなく、直接診察してもらえないケースも。何軒も回って緒方さんのクリニックにたどりつく患者もいるという。

地域医療の一翼を担うこのクリニックでも、発熱患者に対してはより慎重な態勢であたるようになったという。 「以前なら喉のようすを見たりしましたが、それもいまはできません」

ゴーグル、マスク、ガウンなどは必須。だが、ここでも「物品が不足していて、なかなか購入のめどがたたない」という。

「感染の疑いのある患者に対応した場合を除き、1人あたりサージカルマスクが1週間1枚が基本。それを消毒しながら使用する状況です」

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