大阪市廃止 11月1日住民投票 重い選択 市民どう動く

政令指定都市の大阪市を廃止し四つの特別区に分割する、いわゆる「大阪都構想」の賛否を問う2度目の住民投票が告示され、大阪市内は11月1日の投開票に向け、激しい論戦が展開されている。各種世論調査では賛否は拮抗している。僅差で反対が上回った2015年5月の住民投票から5年。再び重い選択を迫られる市民の動きを追った。(新聞うずみ火編集部)

鐘や太鼓の軽快な「天神囃子」に乗せて、何十本ものピンクのプラカードが上下する。「大阪市廃止に反対」。大阪・ミナミの繁華街を東西に流れる道頓堀川で、告示後初の日曜日となった10月18日、「大阪都構想を考える市民の会」(綱島慶一会長)が企画した水上パレードが行われた。

参加した78人は湊町船着場から日本橋までの約1キロを2往復。スピーカーから天神祭りのお囃子や、「大阪市歌」(1921年制定)を流しながら、川沿いの遊歩道などを街歩きする人やすれ違う船の乗客に「大阪市を守ろう」と呼びかけた。

見た目にも楽しい、水都・大阪らしいアピール。市民の会の綱島会長は、告示目前の10日に御堂筋を700人が歩いた「大阪市反対を訴えるサイレントデモ」の実行委員長も務めた。

市民の会は4月に東住吉区の住民が結成。コロナ禍にもかかわらず、情報も不足したまま住民投票実施が現実味を帯びていくことを懸念、6月には延期と詳しい説明を求める要望書を大阪府知事や大阪市長、府議や市議に送った。8月には東住吉区で、元大阪市議の柳本顕さんを講師に迎え「『都構想』を考える集い」を開いた。

中立の立場で、賛否の意見を聞くため、維新市議にも出席を呼びかけたが断られた。

「大阪都構想」について自前で勉強会を重ねていく中で、綱島さんら市民の会は一つの結論にたどり着いたという。

「変えることは良うなることという期待感もわかるが、今回だけは違う。かつての橋下徹知事が言った『大阪市から権限とお金をむしり取る』、それが『都構想』の本質。読み・書き・そろばんができる人なら、みんな反対するはずや。読まないから賛成なんや」

水上パレードと同じころ、ミナミでは、大阪維新の会代表の松井一郎市長と代表代行の吉村洋文府知事、公明党の山口那津男代表がそろって街頭演説を行っていた。

公明党は5年前の住民投票で大阪市廃止に反対したが、今回は一転して賛成に。昨年春、府知事・市長を入れ替えるダブル選で圧勝した維新が、衆院選のすみ分け解消をちらつかせたためだ。

■丸投げの介護保険

水上パレードに参加した市民の中に元大阪市立大教授の木村収さん(84)=東住吉区=の姿があった。「道頓堀川から船で道頓堀の街を仰ぎ見るのは初めて。橋の上から手を振って賛同してくれる人たちに元気をもらいました」とほほ笑む木村さんは大阪市役所で財政局長などを歴任、退職後に研究者の道に進んだ。「都構想」の設計図である協定書を作成する「法定協議会」を37回すべて傍聴した市民の一人だ。

木村収さん=大阪市北区

「多数会派によるシナリオ通りの進行で、少数派の異論は法定協の目的に反するとして排除される、きわめて政治色の強いものでした」

こうして出来上がった協定書の中で、木村さんが問題視する一つが一部事務組合だ。

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市町村などが行政サービスの一部を共同で行うことを目的として設置する組織で、特別区同様に特別地方公共団体。協定書では150以上もの事務・事業を共同処理する例のない「マンモス一部事務組合」が生まれることになる。

特に木村さんがあぜんとしたのは、超高齢社会において、核心的な業務である介護保険事業が一部事務組合へ丸投げされていたことだった。

「東京23区では介護保険事業をそれぞれの特別区が担っていますが、大阪の特別区では直接所管できない制度設計になっています。一部事務組合には議会が置かれますが、介護保険事業をはじめとして多種多様で相互に関連のない事務・事業を行う一部事務組合の運営に、議会がどのように関与できるのか大いに疑問です。いずれにせよ、一部事務組合が複雑で、市民の目が届かない存在になることは確かです」

■高齢者福祉は分断

介護関係者からも懸念の声があがる。生野区のケアマネジャー、岡崎和佳子さんは「介護保険制度は崩壊の危機」だという。

「大阪市には他市町村にない素晴らしい福祉サービス、地域で協力して積み上げたネットワークがあります。でも特別区になれば、介護保険は一部事務組合、高齢者施策は特別区。金銭管理をする『あんしんサポート』は、社会福祉協議会が廃止され大阪府、配食サービスは特別区……。ニアイズベターどころか複雑になるばかり。財政を府に吸い上げられてしまったら、利用者に『救済制度はない』『自己責任』といわなければなりません。利用者とケアマネも、築き上げたネットワークも分断されてしまう」

■命にかかわる問題

投票日まで10日となった10月21日夕刻、阪急上新庄駅(東淀川区)南口に真辺明彦さん(53)の姿があった。行きかう人たちにチラシを差し出す。オレンジ色のウインドブレーカーの背中には「大阪市廃止反対 地域と介護を守ろう」の文字が浮かぶ。

街頭に立ち、説得ではなく、 対話を心がける真辺さん

9月半ばから一人、路上に立った。「大阪市が廃止されたら福祉行政が崩壊する」。真辺さんもケアマネジャーだ。思いにつき動かされた真辺さんのような個人が、市内各地の街頭で行動している。

5年前も大きな反対があった。だが何も変わらなかった。

「高齢者や障がい者を本気で支える姿勢には思えない。協定書に賛成した会派の市議にも話をしましたが、そもそも、介護保険のことを全然わかっていませんでした」

周辺の駅で日替わりの「一人街宣」を続けてきた。毎日仕事帰りに約1時間。福祉の問題を入口に、根気強く対話重ねる。なかには「死ねや」「道交法違反やろが」などと絡まれることもある。この日も、チラシを配る真辺さんに「利権やろが!」「俺は賛成や!」と中年男性が詰め寄ってきた。「これを読んで」と手渡したチラシは目の前でくしゃくしゃに握りつぶされた。

「1カ月も立っているといろんなことがありますよ」と真辺さん。以前、ここで賛成の中年男性と言い合いになりかけた。だが、介護保険のことや大阪市の福祉制度の話に及ぶと「知らなかった。命に及ぶ問題と言われたら何も言えない」と言ってくれた。

真辺さんの住まいは西成区だが、職場のある東淀川区内で街頭に立つのは理由がある。「西成ならチラシをよく受け取ってくれます。でも、東淀川区は『都構想』賛成が多い。100人に1人でもいいのです。賛成している人が問題意識をもってくれれば」

■良い大阪へ対話を

地元の市民団体なども街頭宣伝やビラ配りをはじめた。そこに音量を上げた演説が割り込んできた。「反対陣営はなぜ反対か。自民党も共産党も市役所の既得権ということで同じ穴のムジナなんです。その既得権を維新の会は一つひとつ潰してきた」などと言いたい放題。マイクを握るのは維新の国会議員。駅前はちょっとしたカオス状態だ。

そんな中、この日、もう一人、道路脇で「一人街宣」する男性がいた。介護支援専門員のAさん(40)。10月上旬から路上に出たという。

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「否が応でも11日1日、私たちは選択を迫られます。でも、どちらの意見であっても、納得して決められるような公平な対話の機会が大阪市民にあったでしょうか。大阪市廃止を決めるからには、もっと議論を尽くすべきです。立ち止まって考えてみませんか」

学者26人が反「都構想」を訴えての記者会見

「賛否双方が競合する場面はままある。問題はこうした光景に一般の市民が食傷気味となること。どちらも同じように見えないか。悩んだ末「『対話を』と訴えることにした」という。自らそのスタンスで賛成派とも向き合う。

ねていけば、性急に大きな決断を市民に強いなくても、いまよりいい大阪ができると思う。いまはまだ結論を出すには、議論や説明が不十分だと思います。だから反対なんです」

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