【平和つなぐ】権威増す「遺志」 揺らぐ9条 「理念的な平和主義は限界」

 6日夜、自民党の菅義偉前首相と日本維新の会の松井一郎代表が東京都内で会食した。凶弾に倒れた安倍晋三元首相も加わるはずだった。2人は安倍氏を悼み、悲願だった憲法改正も話題になったという。

 「自民党は安倍元首相の遺志を引き継ぐと公約している」。維新が比例代表で野党第1党に躍進した7月の参院選後、松井氏は「公約を守ってほしい」と改憲を迫っていた。

 両党と公明、国民民主を加えた改憲に前向きな4党の議席が衆参両院で発議に必要な3分の2以上を維持し、岸田文雄首相は「できるだけ早く発議し、国民投票に結びつけていく」と呼応。安倍氏の「思いを引き継ぐ」と言い添えた。

 現行憲法を「戦後レジーム」の象徴とみなし、自衛隊を9条に明記して「違憲論争に終止符を打つ」と繰り返してきた安倍氏。党内保守系は改憲が「供養になる」(古屋圭司・憲法改正実現本部長)、「志をともにした私たちの務め」(高市早苗・同顧問)と結束する。

◆横浜大空襲の記憶

 ロシアのウクライナ侵攻後、国際情勢の緊迫化によって危機感があおられ、世論は参院選前から9条改正に傾いていた。共同通信が5月にまとめた世論調査で、67%が自衛隊明記に賛成した。その機運を情緒的にさらに高めたのが、安倍氏の急逝だった。

 「反対の声が埋もれてしまう」。改憲が現実味を帯び始め、横浜市瀬谷区の藤原律子さん(90)は警戒する。「大戦の血と汗と涙の上に立つのが9条だから」

 14歳で直面した横浜大空襲の記憶は、なおも鮮明だ。1945年5月29日。眼前で焼夷(しょうい)弾がさく裂し、顔なじみだった少年の右脚が吹っ飛んだ。「彼は片足で2、3歩ぴょんぴょんと跳ね、倒れこみました」。逃げ惑い、手を差し伸べられなかった負い目は77年たっても拭えない。

 2015年に安全保障関連法が成立し、「戦争の足音が聞こえてくる」といぶかしむ。日本が直接攻撃されなくても存立が脅かされると政府が判断すれば、自衛隊は他国に武力行使できるようになった。藤原さんにとっていま、「戦前」にほかならない。

 国論が二分されながら採決を強行したのは、安倍政権だった。藤原さんも原告として闘う違憲訴訟は、安倍氏亡き後も各地で係争中だ。

◆大国並みの防衛費

 安保法制後、「憲法のたがが外れたままになっている」と元内閣法制局長官の阪田雅裕さんは指摘する。国是の専守防衛は骨抜きになった。

 「反撃能力」と改称された敵基地攻撃能力は、7月に公表された防衛白書で初めて保有を検討すると明記されたが、敵基地攻撃に転用可能な長射程巡航ミサイルはすでに安倍政権下で導入が決まっていた。日本領域から北朝鮮国内や中国沿岸部を射程に収めるものの、国是を逸脱しないよう、島しょ防衛が建前にされた。

 防衛省は早期配備を目指し、来年度予算案の概算要求に盛り込む方針。要求額は明示分だけで過去最大の5兆5千億円に達し、最終的な防衛費は「相当な増額」(岸田首相)が必至だ。7兆円近くを「相当」とした安倍氏の意向に近づいている。

 敵基地攻撃能力を保有し、防衛費が大国並みに迫りながらなお、自衛隊が「戦力」でないとの政府解釈を踏襲し続ければ、「それはまやかしだ」と阪田さんは言い切る。「9条の理念的な平和主義は限界にきている」

 中ロの脅威が増すにつれ、安倍氏の「遺志」は権威づけられていく。

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