大阪市廃止 2度目の否決 広域・総合区また火種

民意は再び「ノー」だった。11月1日に投開票された大阪市廃止・4特別区分割、いわゆる「大阪都構想」の賛否を問う住民投票。前回2015年の住民投票と同様、わずかな差で反対が賛成を上回り、政令指定都市・大阪市の存続が決まった。市民を2度も分断・対立させた不毛な論争は一定の決着を見たが、火種はくすぶり続けている。(新聞うずみ火編集部)

「松井市長 否決の民意を守って!」「全力尽くせ コロナ対策」「職員のみなさん頑張って」ーー。11月17日午前8時過ぎ、大阪市北区中之島。大阪市庁舎までの道々に横断幕やボードを手にした市民が並んだ。足早に出勤する市職員に「おはようございます」「お疲れ様です」と声をかける。市民団体「大阪市をよくする会」などが呼びかけた緊急行動。早朝にもかかわらず120人以上が参加したという。

出勤する大阪市職員にアピールする市民

賛成67万5829票(前回69万4844票)、反対69万2996票(同70万5585票)。住民投票は前回に続いて大接戦となり、1万7167票と僅差で反対が上回った。投票率は62・35%(前回は66・83%)。

大阪維新の会は看板政策で2連敗。否決直後の記者会見で、代表の松井一郎氏は大阪市長職の任期満了(2023年4月)で政治家を引退すると言明した。

しかしその5日後、松井市長は定例会見で「広域行政の一元化条例案」、さらに「総合区設置案」をぶち上げた。「広域一元化」を巡っては大阪市廃止・特別区設置の制度案で、府に移管するとしていた成長戦略、水道、消防など約430の事務、財源約2000億円を府に移管する条例案をつくり、来年2月議会に提案するという。

代表代行の吉村洋文知事も6日、条例案を来年2月の府議会に提案すると同調した。

住民投票で問われた制度案(特別区設置協定書)は、大阪維新の会の創設者で、「都構想」を提唱した橋下徹氏が2011年に「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と発言したように、大阪市が持つ広域行政の権限と財源を府に移すことが柱だ。住民投票がだめなら条例。吉村知事は「否決されたが、約半数の賛成の声を尊重することも大事。仕事と財源はワンセット」とも述べている。

だが、今回の住民投票の結果は法的拘束力を持つ。「大阪をよくする会」の中山直和事務局次長は「大阪でも新型コロナの感染者が急増している。しかし大阪市は『バーチャル都構想』でコロナ対策は実現しているといって独自のコロナ対策をやっていない。これからもやらないという宣言が簡易版『都構想』とも評される『広域一元化条例』ではないでしょうか」と批判した。

出勤時間に合わせた緊急行動は市職員へのエールも込められていた。住民投票最終盤で毎日新聞が「市4分割 コスト218億円増」と市財政局の試算を特報。これに対し松井市長は「ねつ造」と批判、財務局長は謝罪会見に追い込まれた。

「職員基本条例、政治活動規制条例が問題なんです」。活動に参加した市OBがつぶやいた。橋下市長時代の12年に制定された条例は「モノ言えぬよう」職員を規制する。

「まともに意見を表明することができない。それで迷惑がかかるのは市民ではないか」

■反対票掘り起こす

政治学者で関西学院大教授の冨田宏治さんは「広域一元化」は「支持者の手前、反対派が何といおうと改革を続ける姿勢を示さなければならないのでしょう」と分析する。

冨田教授

「『都構想』はそもそも、政令市である大阪市が持っている都道府県並みの権限と2000億円の財源を府に吸い上げることが目的。それではあまりに露骨だから『都構想』などとカモフラージュしていた。それをある意味、なんのてらいもなく打ち出している。悪手を打たざるをえなくなっているという印象です」

冨田さんは住民投票の結果をどう見るのか。

「住民投票の正式名称に『大阪市の廃止』が明記され、投票用紙にも反映されたことは少なからず市民の判断に影響を与えました。大阪市が廃止されることが浸透したと思います。今回は、前回反対した公明党が方針転換したという違いもありました。ただ、京大の藤井聡さんの試算では、公明支持層のうち、前回反対し、今回賛成に転じた票数は2万弱。今回獲得した賛成票67万5829票は、この2万票弱を差し引いたとしても、昨年の知事・市長クロス選で、松井市長が獲得した66万819票に匹敵しています。投票率や投票総数が変化しようとほぼ一定している。つまり、投票率が低いほど維新は強い」

投票率は前回の66・83%から62・35%に減りましたが、今回は18歳以上に選挙権が認められた分、有権者が増加した。総投票数では前回の140万6084票から137万5313票に。投票率減少にもかかわらず3万ほどしか減っていない。固定化・組織化された維新支持層の数を上回るだけの反対票を掘り起こし、前回並みの投票総数を勝ち取った活動が、2度目の否決を呼び込んだのでしょう」

ABCテレビとJX通信社の合同情勢調査では9月19、20日の調査で賛成49・1%、反対35・3%。賛成が14ポイント近く上回っていた。告示直前の10月10、11日は賛成45・4%、反対42・3%と3ポイント差に縮まり、投票日前日の10月30、31日では賛成45・0%、反対46・6%と逆転した。

冨田さんは「反対票が掘り起こされる過程は世論調査の結果に如実にあらわれていますね。路地裏を『主戦場』とした対話戦によるものでした」と分析する。

一方、維新は敗因をどうみているのか。維新の会政調会長の守島正・大阪市議(39)は、「やはり、大阪市がなくなるという哀愁を前面に出されるロジックを全方位でつくられたのが大きかった。そこに218億円という財政局の試算が出た。終盤、お互いがメリットを主張し合っていたところに出たので、特別区にして大丈夫かという不安を持った市民が少なくなかった」と振り返る。

「大阪維新の会」政調会長の守島市議=市役所

今後、「都構想」に代わる次の政策の柱は何なのか。

「改革と成長が僕らの路線でやってきたので、都構想が実現しなくても、広域一元化条例とか総合区とか、改革をしていこうという意識は変わっていません。大阪市という身体は残したままで、外科手術ではなく、内服手術です。住民投票が否決されたとはいえ、維新政治が否定されたわけではないので、これからもスタンスを変えず、改革を進めていきます」

■各団体も街頭活動

5年前の住民投票では推進する維新以外の政党は反対で連携した。自共が繁華街で合同演説会を開き、互いの宣伝カーの上でマイクを握る一幕もあった。

今回はそれぞれが独自に動いた。政党の枠を超え、誰が示し合わせたわけでもなく、バラバラなようだが、みな同じ方向を向いていた。

投票日前日の10月31日、大阪・ミナミ。なんば高島屋前で、障害者団体が車いすを連ね、街頭アピールを行っていた。

「みなさんは炭鉱のカナリアをご存じですか? 私たち障害者にはリアルな危機感があります」

障害者団体も車イスを連ね、街頭アピールした

マイクを握るのは「認定NPO法人DPI(障害者インターナショナル)」日本会議副議長の尾上浩二さん。大阪市は全国でもバリアフリーの先進地で、障害者が地域で自立して生活するための福祉制度も充実している。大阪市が廃止された場合、障害者の福祉制度は特別区が引き継ぐが、具体的なことは不明。財政難で制度や介護サービスが削られることは生命に直結する。告示後、繁華街や市役所前でこうした訴えを何度も続けてきたという。

御堂筋を歩けば、雑踏の中、プレートをもってスタンディングしている人、「明日、投票に行ってください」とチラシを差し出す人、そんな市民に次々とすれ違った。千日前通との交差点では、白衣姿の人たちが次々とマイクを握っていた。「コロナ禍で多くの市民府民が苦しむ中、コロナ対策もそこそこに、説明責任さえ果たさず政令市である大阪市をなくすかどうかを問うこと自体、時期尚早ではないでしょうか」

府下の医師や歯科医師約1万人が加盟する保険医協会による街頭宣伝。コロナ禍の収束が見えない中、市長、知事宛に住民投票中止の要望書を出すなど「コロナ対策に全力を」と再々訴えてきたという。 街頭でケアマネジャーに何人も会った。介護保険を一部事務組合に丸投げするなど、制度案からは高齢者や障害者を支える姿勢がみえず、「大阪市が廃止されたら福祉行政は崩壊する」と切実だった。

■個人もSNS駆使

危機感を強めた市民たちが自発的・多発的に動きだした。デザインなど各分野に心得のある人たちが工夫を凝らし、問題点をわかりやすくまとめたチラシやパンフレット、動画を次々と生み出した。大阪市廃止「反対」の思いを持つ人たちがSNSでシェアしあい、それらを手に駅前や商店街に立ったり、ポスティングに歩いたりするようになった。いてもたってもいられずに、初めて活動に参加したという人が多かった。小さなアンプを用意し仕事帰りに一人街宣する人、自転車にチラシを張って走る人、家の塀にポスターやチラシをいくつも張り出した人、情報公開請求や監査請求をする人。ツイッターデモも何度も行われた。「都構想って何なん?」というところから学び合う地域の勉強会も各地で開かれた。

市民が路上に立ち、アピールした

11月1日の投票日。学校などの投票所前でのスタンディングが市内至る所で自然発生的に行われた。

午前9時過ぎ、東淀川区の小学校前では約10人が投票に訪れる市民たちに声かけをしていた。「おはようございます」「大阪市を守りましょう」。聞けば地域の自民党の青年たち、隣接する豊中市の市民グループ、地元の高齢者という3者。通常ならめったに行動を共にしないであろう顔ぶれが偶然にもここで一緒になり、思いを一つに訴えていた。

社会福祉法人勤務の女性は鶴見区の職場近くでチラシ配りをしている人に声をかけスタンディングに志願、投票箱が閉まるまで立った。「大阪市がなくなっちゃうの?」と幼い子どもに聞かれ、困った様子の母親。小さなガッツポーズで意思表示してくれた人。投票を終えた高齢の女性は「いつも投票に行く友だちが、娘の都合が悪くなって来られなくなった」と心配そうに話しかけてきた。「誰か車で送ってくれないか聞いてみたんやけど、まだ見つからなくて……。1票でも少なかったらあかんのやろ?」と。

投票日前日の10月31日夜、淀川区十三。街頭演説を終え囲み取材に応じていた自民党市議団の北野妙子幹事長がしみじみ語っていた。

「5年前もそうでしたが、いろんな方々が、これで進めてしまっていいのかと気づいた。市民の中に事実が伝わっていないことを知り、動かなければいけないと一人ひとりが立ち上がった。私たちがやっているのはちっぽけなことです。本当に市民の力が大きい。市民が主役でした」

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