「同盟写真特報」初公開 戦意高揚、不都合な事実なく 生月町博物館

旧日本軍の戦果などを伝える昭和17年4月9日付の「同盟写真特報」

 太平洋戦争中、戦況などを伝える同盟通信社の日刊写真ニュース「同盟写真特報」約150枚が長崎県平戸市内の民家で見つかり、このうち約100枚が同市生月町博物館・島の館(同市生月町)で初公開されている。旧日本軍の進撃を報じる一方、刻々と悪化する戦況を伏せていた様子がうかがえる内容。市民に不都合な事実を隠し、戦意をかき立てようとした戦争の真実を今に伝えている。

 同盟通信社は1936年に創立。国内の新聞社などに情報を提供し、終戦後の45年10月に解散した。公益財団法人新聞通信調査会(東京)によると、特報は36年から1日2ページ建て、約10万部を発行。B3サイズ程度の大きさで学校や工場、商店などに掲示された。掲示後は処分され、現存しているのは珍しいという。
 初公開された特報は、平戸市田平町の市民が亡き父親の遺品の中から見つけ、昨年7月、同館に寄贈。太平洋戦争中の1942(昭和17)年4月~9月発行の押印があり、佐世保市江迎町の猪調国民学校(現・猪調小)で掲示されていたとみられる。
 同年4月9日付の特報は銃剣を背負い、馬に乗って行軍する旧日本兵の写真を大きく掲載。「皇軍の威武中外に燦(さん)たり 雄渾(ゆうこん)比なき大作戦に不滅の戦果」の見出しとともに、東南アジアで米英両軍の拠点と兵力を「潰滅(かいめつ)し赫々(かくかく)たる大戦果を挙げてゐる」などと短い記事で紹介。戦時債の調達目標額を端に示し、協力を求める「広告」もあった。
 一方、42年6月のミッドウェー海戦で複数の空母を失うなど、戦況が悪化した時期にもかかわらず、その状況は伝えられていない。同館の中園成生学芸員は「当時のメディアが軍部、為政者に都合の悪い内容は伝えなかったことが分かる。現在のロシアのウクライナ侵攻でも同様のことが起きている。一つの情報だけでなく、複数の情報を検証し、判断する大切さを若い世代に知ってほしい」と話している。
 特報を公開している企画展「日本が戦争をしていた頃-『同盟写真特報』が語る第2次世界大戦-」は9月4日まで。

太平洋戦争中の戦況などを伝える日刊写真ニュース「同盟写真特報」約100枚を展示する企画展=平戸市生月町博物館・島の館

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