「朝日の記者みたいになりたいのか」脅迫から始まった旧統一教会との35年 500人の脱会に成功した牧師、山崎浩子さんも

杉本誠さんに届いた脅迫文=愛知県岡崎市、2022年7月18日に撮影

 安倍晋三元首相銃撃事件では、逮捕された山上徹也容疑者(42)が取り調べに「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に恨みがあった」と供述していることが明らかになり、現在もなお旧統一教会に多額の献金をして苦しむ家庭が多くいる実態が浮かび上がった。この衝撃的なニュースを複雑な思いで見た人がいる。牧師の杉本誠さん(74)は35年間、脅迫や妨害ともとれる行為を受けながら、旧統一教会からの500人以上の脱会に関わってきた。「もし山上家ともつながれていたら、違った結果があったかもしれない」。凶行に至るまでに、手を差し伸べる方法はなかったのかと自問している。(共同通信=助川尭史)

▽「助けてください」熱意に動かされ
 旧統一教会との関わりは、杉本さんが愛知県西尾市にある日本キリスト教団西尾教会の牧師となった1987年にさかのぼる。当時、旧統一教会の霊感商法は社会問題になりつつあった。批判する講演会の代表を引き受け、開催を知らせるチラシを配った。するとある日の夜、自宅に「講演会について話がしたい」と電話があった。
 指定された喫茶店に行くと、そこにいたのは見ず知らずの男性7人。相手は名前を名乗らず「講演会を中止してほしい」と迫った。杉本さんが断ると、相手の1人が「朝日の記者みたいになりたいのか」とすごんだ。その年の5月、朝日新聞の阪神支局が散弾銃を持った男に襲われ、記者が殺害される事件があったばかりだった。
 

旧統一教会などの被害者支援に取り組む杉本誠さん。現在も家族の脱会支援を求めて多くの人が訪れる

 その場は他にいた男性がとりなして事なきを得たが、その後は連日、無言電話や自宅の雨戸に石を投げられる嫌がらせが続いた。
 脅迫があったことを聞きつけた新聞記者が一部始終を記事にすると、信者の家族から「霊感商法の被害にあった」という相談電話が相次ぐようになった。だが、当時の杉本さんは牧師になったばかり。自分にできることはないと思い、ほとんどの相談は断っていた。
 転機となったのは、娘が入信したという夫婦の相談を受けたこと。知人の依頼だったため断り切れなかった。先輩牧師と三日三晩、泊まりがけで娘の説得を続けた結果、脱会の意思を示してくれた、ように見えた。しかし、帰宅した杉本さんの元に届いたのは「娘が再び教団に戻ってしまった」という知らせだった。
 「改心したように見せかける『偽装脱会』を見抜けませんでした。それなのに失敗した私の元に、親御さんたちはわらにもすがるような思いでやってくる。そんな顔を見ると、牧師としてどうしても放っておけませんでした」
 助けるためにはまず自分が力をつけないといけない。それからは寄せられる相談に一件一件向き合いながら、経験を積んでいった。
 多くの信者と向き合い、旧統一教会の教義について理解を深めるうちに、その内容が伝統的なキリスト教とは相いれないことに気付いた。その点を、自身の著書で次のように記している。
 「統一教会は(聖書が人類の罪を償ったと教える)イエスの十字架が失敗したという一つの解釈を立てるんです。(中略)宗教というものは聖典があって宗教ですから、教典を否定するという形になってくれば、これはもう宗教の枠からでていくことです」「宗教は人の心に平安を与え、人の魂を救うことが目的なんです。その目的を取り違えている実態がある限りは、私たちは(被害者からの相談を)受けざるを得ない」(杉本誠「統一協会信者を救え」より)」

ソウルのオリンピックスタジアムで行われた統一教会の国際合同結婚式に出席した桜田淳子さん(左から2人目)と山崎浩子さん(右端)=1992年8月25日午前(共同)

 1993年にはロサンゼルス五輪新体操代表の山崎浩子さんの脱会に携わった。山崎さんは前年に韓国・ソウルで開かれた旧統一教会の合同結婚式に参加し、教団の広告塔として知られた存在だった。「さすがに脱会は無理だと思いました。それでも他の多くの相談と同様に『助けてください』という家族の熱意に触れたら、断るわけにはいかなくなりました」

 山崎さんの説得はマンションの一室を借りて行われた。杉本さんは自宅から連日通ったが、複数の見張りが、当時珍しかった携帯電話を駆使して杉本さんの行動を逐一監視し、車で追い回すこともあった。それでも監視の目をかいくぐり、教団の教義への疑問について、神学書をひもときながら話していくうちに、かたくなだった山崎さんの態度は徐々に和らぎ、説得に耳を傾けてくれるようになった。
 

名古屋弁護士会から「人権賞」を贈られた日本キリスト教団西尾教会の杉本誠牧師=2001年12月10日、名古屋市

 脱会表明の記者会見の日。朝7時、妻と2人でテレビの様子を見守った。もし記者会見で「実は辞めていません」と言ったら―。一抹の不安はあったが、山崎さんが「全てが間違いだった。私はマインドコントロールを受けていた」と話し始めた。気づくと、傍らの妻と手を取り合って涙を流していた。 

 会見後には脱会に携わった弁護士やジャーナリストと共にメディアにも出演。オウム真理教など、他の教団の被害相談も舞い込むようになった。活動が評価され、2001年には名古屋弁護士会(現・愛知県弁護士会)の「人権賞」を受賞。これまでに受けた相談は2千件以上、脱会に成功した信者は旧統一教会を中心に約500人に上る。

 ▽「首を洗って待っていろ」連日の脅迫文
 これまでに受けた相談の中には、「入信した子供と連絡が取れない」「妻に教団を辞めてくれと頼んだら『保険金を献金できるから死んでほしい』と言われた」といった深刻な内容も多かった。
 脱会活動は、こうした信者や家族らとカウンセリングを重ね、気づきを与えることに重きを置く。「マインドコントロールは言葉でかけられているから、言葉で解くのが基本。どれだけ熱心でも、どこかにこれはインチキなんじゃないかと葛藤を抱えている。そこに気づいてもらう材料を与える」。理屈ではない、息の長い支援が必要だ。
 また脱会しても、周囲に迷惑をかけた負い目に苦しんで孤立し、再び入会する人がいる。「人生って必ず何かあるんですよ。脱会したって順調にそのままうまくいく訳ではなく、不幸があればやっぱりぐらつく」。だからこそ、杉本さんは脱会後のカウンセリングの重要性を説く。脱会に成功した信者本人だけでなく、家族が集まって経験を話し、時には愚痴をはき出し合う自助グループを支援してきた。

旧統一教会の信者から届いたという脅迫文を見つめる杉本誠さん

 活動は危険と隣り合わせだ。「死ね」「首を洗って待っていろ」と、匿名で消印もばらばらの脅迫文が連日送られたこともある。カッターナイフや砂が入った封筒がポストに入っていたり、近所に中傷ビラを貼られたり。
 脱会に失敗したことも何度もある。「この子はもう辞めないんじゃないか」とプレッシャーでうなされ、寝付けない日もあった。それでも活動を続けてこられたのは、親子でも知らなかった信者の悩みに相談者と一丸となって向き合い、再び家族の一員として迎え入れる瞬間に何度も立ち会うことができたからだ。「時間をかけて誠実に向き合えば、どんな人でも変わってくる。心の変化を間近で見届けられるのは牧師としてものすごく財産になった」

 ▽カルトは無くならない
 旧統一教会は、コンプライアンスを徹底した2009年以降の被害はないと強調している。だが、杉本さんのもとには現在も約20人以上が定期的に相談に訪れ、中には20年以上通う人もいる。「確かに活動を始めた80~90年代に比べると被害の相談件数は減った。でも最近は信者の配偶者や子供が1人で苦しんで孤立するケースが増えている。新たな相談は毎年あるし、被害が見えづらくなっている分、むしろ昔より深刻になっている」
 そんな中、山上容疑者が世界を震撼させる事件を起こした。母親が約1億円を旧統一教会に献金し、周囲との孤立を深めていく家庭で育っていた。杉本さんは、旧統一教会に対する世間の無関心が凶行の引き金を引いてしまったのでは、と今でも悔やんでいる。

鑑定留置のため奈良西署を出る山上徹也容疑者=7月25日午前

 「この35年で教団の問題や霊感商法の被害報道はすっかり下火になり、過去の問題だと思われてしまった。だけど苦しんでいる人はずっといた。銃の作り方までネットでいろいろ調べられる子が、どうしてわれわれのような支援の窓口とつながれなかったのか。山上家の苦悩に寄り添って手を差し伸べることはできなかったのか。本当に残念でならない」

 事件が発生して2カ月以上が過ぎたが、旧統一教会を巡る問題は、日本の社会に暗い影を落とし続けている。「今回のことで一時的に距離を置く人は出てくるかもしれないが、教団はなくなりませんよ。そもそも国が豊かになればこぼれ落ちていく人は必ずいる。その隙間に入るカルト宗教は先進国の病理です」と杉本さんは指摘する。
 事件を機に、旧統一教会と政治との距離の近さもクローズアップされた。悪質な行為を繰り返すカルト宗教をこの国の政治家はあまりにも利用しすぎている、と苦々しく語る。事件をきっかけに政界に自浄作用が進むという見方にも懐疑的だ。
 最後に、私たちが今後、旧統一教会や教団を巡るトラブルにどのように向き合っていけばよいかを尋ねた。「信教の自由は尊重しないといけない。ただ何を信じてもいい自由はあるけど、何をやってもいい自由はない。救いを求めて時間もお金もかけた団体が、教義を元にどれだけ多くの人を不幸にしているのか、証拠を突きつけていくことが大切。粘り強く話し合いを続ければ、おのずと答えは見えてくるはずです」

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