【#あちこちのすずさん】「お姉ちゃんにあげるよ」 そっとなめた甘くて苦いチョコ

 戦時下の日常を生きる女性を描いたアニメ映画「この世界の片隅に」(2016年)の主人公、すずさんのような人たちを探し、つなげていく「#あちこちのすずさん」キャンペーン。読者から寄せられた戦争体験のエピソードを、ことしも紹介していきます。

(女性・89歳)

 敗戦の8月15日、私は福岡にいて高等女学校の1年生だった。2カ月ほどして登校したら周囲はすっかり変わっていた。学校の前の国道は進駐軍のトラックやジープがものすごい音を立てて走っていて、車列が途切れるまで道路を渡れなかった。

 若い兵隊が楽しそうに騒ぐジープに、道路脇に集まった小さな男の子が「ギブミーチョコ」と叫ぶ。ジープから何かが投げられると、子どもたちはそれを拾い集めた。道路を横切ろうと待っていた私に彼らは「『ギブミーチョコ』と言いなよ、チョコをくれるよ」と教えてくれた。そのうちの1人が「お姉ちゃんにあげるよ」とチョコを一つ握らせてくれた。

 家に帰る途中の山道を1人で歩きながら、初めて手にしたチョコをそっとなめてみた。甘くて苦くて、おいしいとは思えなかった。チョコのことは誰にも言えなかった。

 あの頃は、勤労動員から戻ってきた上級生の顔を見ないように、廊下の隅を下を向いて歩いた。チョコはいつでも買える時代になったが、買って食べたいとは思わない。

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