美ボディー目指す学生、勤務明けの消防士…24時間ジムに密着 福井、体を追い込んだ先に何を見る

トレーニング中は言葉を交わさず体を鍛えることに集中するという夫婦=福井県福井市の新田塚アーク「ARC24」

 アップテンポな音楽が大音量で流れている。朝、昼、晩、深夜、未明を問わずさまざまな人が黙々とトレーニング器具で汗を流す。ここは福井県福井市の新田塚アークにある24時間スポーツジム「ARC24」。利用者は体を追い込んだ先に何を見ているのか。定点観測を試みた。

 社会人1年目の昨春、運動不足を解消したくてジムに通い始めたものの、忙しさを言い訳に1年ともたず退会した記者とは正反対に、ジムに通い続ける人たち。その思いを知りたくて取材を申し込んだ。

午前9時

 密着開始。ジム東側の窓から差し込む日の光がまぶしい。ランニングマシンで脇目も振らずに走る女性の姿があった。休憩を見計らって話しかけた。福井市の女性(44)。高校2年の長男と中学2年の長女の母で、3年前から通っているそうだ。

 この日は仕事が休みだったが、普段は子どもの弁当を作ってから、早ければ午前7時にジムに来て、30分間走り込んでから出勤する。雨の日は朝の家事の前、午前4時ごろにジム入りするのだとか。家事の後に子どもを車で学校に送る必要があるからだ。大変だ。

 週2~3回は夜にもジムで筋トレをする。ストイックな姿に感化され、夫も通い始めたそう。「いつも笑顔でいられるように体力を保ち、家族の健康を支えたいんです」とはにかんだ。

正午

 腹の虫が鳴く時間帯。利用者がまばらになった印象だが、奥の方にスクワットをする若い男性がいた。

 「今日久しぶりにジムに来たんです」という20代男性=福井市=は今春、介護職を退職したという。職場の人間関係によるストレスからか体調を崩し、落ち着くまでジムに来られなかったそうだ。「ここは居心地がいい。運動は心の健康にもつながると思う。自分のペースで通って体力を回復したい」と汗を拭った。

午後3時

 人が増えてきた。男性4人、女性1人。そこにTシャツ姿の筋骨隆々の男性が現れた。筋金入りの常連とみた。名前は金子優樹さん(23)=福井市。野球の日本海オセアンリーグ「福井ネクサスエレファンツ」の投手だと教えてくれた。

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 生まれは神奈川県。今年4月に入団するまでは、首都圏のジムでトレーナーとして働きながら野球のクラブチームに所属。肩や肘の故障で試合に出られない時期も経験したそうだ。「一度きりの野球人生。もっと上を目指したい」とエレファンツの入団テストを受けた。ジムに来るのは週3~4回で、毎回1時間半トレーニング。慣れない土地での生活は大変だが「体を鍛えて良いプレーをしたい。チームメートやファンに早く認めてもらいたいです」。バーベルを担いでスクワットを始めた。

 午後3時半。懸垂をする男性の姿があった。腰から重さ10キロの円盤状のおもりをぶらさげている。消防士の男性(49)=坂井市。この日は勤務明けだという。疲れた体でトレーニングし、体をいじめた後のお風呂とサウナが楽しみなのだとか。暮らしの安全を守る人はたくましい。

午後4時

 ジム仲間という福井市の男性(26)=福井市=がやってきた。消防署の救助隊員で週3回ほどジムに通う。「仕事柄、体が資本ですから」。80キロのバーベルを軽々と担ぐ。

 救急隊員になるのは高校時代からの夢だった。野球部に所属し、体力に自信があった男性。「自分の力を人助けに使いたい」と思うようになったのだとか。「救命技術の習得や救助資機材の操作…。覚えることがたくさんあって。隊員としてはまだまだです」。私と同年代、心の中で「頑張って」とエールを送る。窓の外は夕焼け空がまぶしかった。

午後8時

 男性は、土木資材メーカーで働く福井市の44歳。会社の「ノー残業デー」の日を含む週3~4回、ジムを訪れるという。エアロバイク、ベンチプレスなどで2時間汗を流す。マラソン好きで、体力維持にと始めたトレーニング。2年後には「ふくい桜マラソン」がある。「参加できたらいいですね」と笑顔を見せた。

午後9時半

 バーベルを肩に乗せ、スクワットする大柄の男性を発見。一息ついたのを見計らい、話しかけた。男性は大学職員で、福井市に住む31歳。週2回、仕事終わりにジムに来るという。聞けば、アメリカンフットボールの県内唯一の社会人チーム「福井スノースイーパーズ」の選手。北陸社会人リーグでの優勝を目指しているそうだ。

 スクワットや背筋を鍛えるチンニングを繰り返すのは「けがをしない体をつくるため」。左膝を痛め、2年間をリハビリに費やした大学時代。「試合や練習に出られず悔しかった。筋肉を付けて、けがなくチームに貢献したい」。福井のアメフト文化を盛り上げたいという思いを語ってくれた。

午前0時

 日が変わった。眠い目をこする記者の前で、数人の男性が黙々とマシンに向かっていた。仕事明けという飲食店勤務の30代男性=福井市=に話しかけた。コロナ禍でダメージを受けた飲食業界。「夜中まで営業したいけれど、お客さんが少ないから閉店が早まってね」。だから、思いのほか早い時間にジムに来ることができてしまうという。

午前1時

 顔の高さまでダンベルを繰り返し持ち上げ、メモ帳に何かを書き留める男性。福井大学工学部4年の男子学生(21)=福井市=だった。「トレーニングの内容を記録しているんです」。汗が噴き出る額をタオルで拭う。

 大学1年の終盤、コロナ禍に突入。オンライン授業となり「1人の時間が増え、自分と向き合うきっかけになった」。人の顔色をうかがって周りに流されていた自分を変えたいと始めたジム通い。少しずつ筋肉質になっていく体を見た友人から「変わったね」と言われ、自信がついた。

 男子学生は8月、地元の三重県で健康的な肉体美を競う大会「ベストボディー・ジャパン」に初めて出場する。「やりたいことに挑戦し、自分が変わった姿を家族や友人に見せて、一歩を踏み出す勇気を与えたい」。自分より年下なのに、何と頼もしいこと。

午前4時45分

 東の窓から射す日の光が記者の目にこたえる。夜明け直後なのに4~5人の利用客がいる。ランニングマシンに乗り、徐々に速度を上げる女性(53)=福井市。少し離れたところで背筋を鍛えている男性が、夫(41)だという。

 夫は関西や中京まで足を延ばすトラック運転手。重い荷物を上げ下ろしするため、腰に負担がかかる職業だ。そんな夫の体力づくりにと一緒に通い始めた。女性は「1人だと『面倒くさいな』と思っても、2人だと続けられると思って。自分たちのペースで続けられたら」。隣で政志さんが目を細めた。照れくさかったのか、朝日がまぶしかったのか。

 「自分のため」より「人のため」に体を鍛える人に多く出会えた24時間。ジムに差し込む朝日のようにまぶしい人たちだった。

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