SUPに乗って沖合で海釣り…転覆して沈んだ釣り道具と遠のく岸 晴れ空の下の誤算【敦賀海保日誌】

救助の様子(2022年8月・福井県敦賀市沖)

童話「北風と太陽」をご存じでしょうか。 旅人の服を脱がせるという謎の対決をしていた「北風」と「太陽」。北風は突風で服を吹き飛ばそうとしますが、その寒さから旅人は服が脱げないよう強く押さえてしまい脱がすことができず、太陽はジリジリと照り付ける暑さで旅人自らの手で服を脱がすことに成功します。 「何事も強引に行うのではなく、柔軟な対応をとることが大切だ」という教訓を伝える物語でしょうか。

そんな「風」と「太陽」、実は海の上で起きる事故に深く関わっているんです。

2022年8月上旬、福井県敦賀市立石岬沖約200mの海上で、男性2人が乗ったSUP(サップ:スタンドアップパドルボード)が、岸に帰れなくなるといった事故が発生しました。

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男性2人はこの日、海で釣りをするためにSUP1台に乗り朝8時に事故現場近くの漁港から出航しました。 この日の天気予報は「晴れ」でしたが、早朝から「海上風警報」が発表されており、強い南風が吹いている状況。風の予報まで確認していなかった男性たちはそんな警報が発表されているとは露知らず、SUPで漁港を出て沖合いを目指します。

こうしてSUPを漕ぐこと15分ほど。沖に出ると風と波がかなり強くなり、とてもSUPで沖に行けるような状況ではありません。 男性たちは身の危険を感じ、元の場所に引き返そうと反転してSUPを漕ぎ出しましたが、時すでに遅しでした。 南からの風が向かい風となり吹き付けて、高い波やうねりの影響を受け、前に進むどころかどんどん沖合へと流されてしまいます。 さらには、波のあおりを受けてSUPが転覆、2人は海へと投げ出されてしまいます。何とかSUPに乗り直しましたが、再び転覆。もう自分たちだけではどうすることもできないと判断して、幸い防水パックに入れていたスマホから海上保安庁118番に通報し救助を要請したのでした。

その後、通報を受けて出動した巡視船えちぜんと巡視艇すいせんによって2人は無事に救助されました。 2人がライフジャケットを着ていたことと、スマホを防水パックに入れて連絡手段を確保していたことが功を奏したと言えるでしょう。 ところが救助された男性たちは、SUPに乗せていた大事な釣竿や釣道具が転覆したときに海に消えてしまって曇り顔。とはいっても、消えたのが「命」ではなかったことを喜ぶべきというくらいの危ない状況でした。

SUP死亡事故で改めて考える海の安全守るルール

今回のこの事故、まさに、サンサンと輝く「太陽」につられて海に出た旅人が「風」に吹かれて遭難するお話し「シン・風と太陽」。 服を脱がせる対決以降、太陽と風は仲直りしたようで、今度は力を合わせて旅人を遭難させるという救いのない物語・・・

余談はさておき、コロナ禍をきっかけに近年密にならないSUPの人気が増しているようで、人気の上昇に比例して事故も増加傾向にあります。 SUPの事故のほとんどが今回のような風や波の影響で岸に戻れなくなるというもので、その背景には、海の危うさやSUPの特性をよく理解していない初心者が、晴れるかどうかだけを確認して海に遊びに行き、多少の時化模様であっても大丈夫だろうと出航してしまうという経緯があります。

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海で事故に遭わないためには、それこそ「北風と太陽」の教訓にあるように、出航を“強行する”のではなく、状況に応じた“柔軟な対応”をとることが重要です。 誰しもレジャーの目的は「楽しむこと」のはず。マリンレジャーを楽しむためには「自力で帰る」ことが大前提です。 風や波の状況とこれからの予報をよく確認して、自力で岸に戻れる範囲で遊ぶことを心掛け、少しでも危うさを感じたのなら直ぐに方向転換を!

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 “適切”に遊べばとても楽しいアクティビティであるSUP。 その“適切”というものが何なのか、しっかり学んでから遊ばなければ、あなたも悲しき“旅人”に。 1つ言わせてもらうならば、「シン・風と太陽」の教訓として「人は自然の前で無力」ということを知ることでしょうか。(敦賀海上保安部・うみまる)

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