小惑星リュウグウのサンプルから“炭酸水”を発見!? 宇宙由来の物質から液体発見は世界初

2014年12月3日に打ち上げられたJAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」は、2020年12月5日に小惑星「リュウグウ」のサンプルが入ったカプセルを地球に投下、翌6日に計画通りオーストラリア大陸のウーメラ立入制限区域に無事着陸したことは世界中で話題となりました。

【▲ 図1: 高度約22kmから撮影されたリュウグウの全体像。 (Image Credit: JAXA、東京大学など) 】

さて、このような6年に及ぶ遠大なサンプルリターン計画が実行されたのは、リュウグウのサンプルが惑星科学の分野で重要な地位を占める可能性があったためです。リュウグウのようなタイプの小惑星は、形成から現在に至るまで、熱などの変成変質作用をほとんど受けていないと推定されています。このためリュウグウのサンプルは、太陽系が誕生した約46億年前の始原的な情報を保存している可能性が高く、太陽系や地球に関する基礎的なデータを得られる可能性があります。

地球で見つかった隕石のうち、CIコンドライト (※) のような一部の炭素質コンドライトは、リュウグウのような小惑星が起源だと推定されているため、始原的な情報を保存している可能性があります。しかし、CIコンドライトは地球表面の環境では不安定であるため、落下直後に採取するしかない極めて珍しい存在です。加えて隕石は、多かれ少なかれ地球由来の物質に汚染されることを避けられません。小惑星を直接訪問したはやぶさ2の採集状況はこうした汚染を最小限にできるため、情報の確度が上がるのです。

※…炭素分に富む隕石のグループを炭素質コンドライトと呼びます。特にCIコンドライトは、太陽系の始原的な物質を含むとされている一方、その数は非常に少なく、全7万種類の隕石中わずか9種類しか発見されていません。

■サンプルの基本的な物性・化学成分

【▲ 図2: (A) 今回分析された中で最大、全サンプル中でも3番目に大きいC0002の光学顕微鏡写真。 (B) SPring-8で放射光X線CTスキャンしたC0002。サンプル全体が灰色の細粒な物質で覆われていることが分かる。 (Image Credit: SPring-8, 東北大学) 】

このような背景の下、リュウグウのサンプルは国内外の様々な研究機関に配布され、様々な方法で分析されています。その中の1つである東北大学理学研究科の中村智樹氏を代表とする石の物質分析チーム (はやぶさ2初期分析チームのサブチームの1つ) は、サンプル17粒に含まれる物質について、様々な角度から分析を行いました。その結果、リュウグウの誕生とその後に受けた変化について、いくつもの段階に分けられる複雑な歴史が見えてきました。

【▲ 図3: いずれの領域も細粒で多孔質な岩片の拡大。右上の3色に色分けされた部分は、赤色部分は橄欖石や輝石、青色は炭酸カルシウムを示す。左下の赤色で囲まれた部分は、橄欖石 (Ol) の他、非晶質ケイ酸塩や硫化鉄 (GEMS-like) で構成されている。これらはリュウグウのサンプルが始原的な物質で構成されていることを示す。 (Image Credit: 東北大学) 】

まず、同チームは大型放射光施設「SPring-8」でリュウグウのサンプルの放射光X線CTスキャンを行い、解像度1µm以下の精度で体積を測定して、それをもとに密度を求めました。その結果、サンプルの平均密度は1立方cmあたり1.79±0.08gであり、小惑星リュウグウの平均密度(1立方cmあたり1.19g)と比べて約1.5倍も高いことがわかりました。この違いから、リュウグウそのものは空隙率が30%を超える「スカスカ」の天体であることがわかります。

また、サンプルはナイフで切れるほどに柔らかく、その硬さは地球の火成岩と比べて数分の1しかないこともわかりました。この特徴は、隕石の中で最も始原的な物質を含んでいるとされるCIコンドライト隕石と一致します。実際、μ粒子によるサンプルの軽元素組成分析でもCIコンドライト隕石と最も近い組成を持つことが示されており、リュウグウは極めて始原的な天体であることを複数の分析結果が示しています。

■リュウグウの鉱物組成と生成環境の推定

【▲ 図4: 球状の物体が磁鉄鉱。左側は透過型電子顕微鏡で撮影されたものであり、右側は電子線ホログラフィー法で磁束分布が示されている。磁鉄鉱そのものは木の年輪状の分布で、これはリュウグウの母天体が形成された際、そこが磁場のある環境であったことを示す。磁鉄鉱の周りにも磁鉄鉱から漏れた磁場が残存しており、これは水と岩石の反応があった際の環境を反映しているものである。 (Image Credit: JFCC, 北海道大学, 日立, 東北大学) 】

次に、同チームはサンプルに含まれる鉱物などの物質の種類を調べました。まず、サンプルには多くの含水鉱物や炭酸塩鉱物が存在しています。これらは水や二酸化炭素がないと生成されないか、または生成されにくい鉱物であることから、リュウグウの母天体には相当量の水や二酸化炭素が固体の状態で含まれていたことになります。また、サンプルには球状の磁鉄鉱粒子(図4)が含まれており、電子線ホログラフィー法を用いて木の年輪のような構造を確認することができました。これは、リュウグウの母天体が磁場のある環境、つまり太陽光の届かない原始太陽系星雲の内部で誕生したことを示しています。

これらを総合すると、リュウグウの母天体は-200℃というかなり低温の環境で生成された後、固体の二酸化炭素や水が融けるくらいの温度まで加熱されるイベントを経験したことが示唆されます。-200℃という温度は、リュウグウの母天体が原始太陽系星雲で誕生したという推定を補強するとともに、太陽から遠く離れた場所で誕生したことも併せて示しています。また、固体の二酸化炭素や水が融ける温度というのは、存在する鉱物の安定性から、25℃程度であったと推定されています。

【▲ 図5: CAIを構成する灰チタン石 (Pv) やヒボナイト (Hb) 、鉄ニッケル合金 (FeNi) や硫化鉄 (FeS) の存在、融けたような外観を示す橄欖石 (Ol) が見られることから、これらは1000℃以上の高温を受けたことを示している。リュウグウの母天体は太陽系の外側で誕生したが、一部に太陽系の内側で誕生した物質を含んでいることが判明した。 (Image Credit: 東北大学) 】

一方で、リュウグウの母天体にはCAI (高カルシウムアルミニウム含有物) 、融解した橄欖 (かんらん) 石、鉄ニッケル合金、硫化鉄など、1000℃以上の高温を経験したことを示す粒子が含まれていることが分かりました。

このことは一見すると先述の証拠と矛盾しますが、「リュウグウの母天体生成時に混ざった物質である」と考えれば矛盾しません。高温を経験したこれらの物質は、元々は太陽のかなり近くで生成したものと考えられます。つまり、太陽系の誕生からリュウグウの母天体誕生までの間に、太陽系の内側にある天体が外側に弾かれるようなダイナミクスが存在していたことを意味しています。

■リュウグウの母天体が水や二酸化炭素を含んでいた直接証拠

【▲ 図6: 六角板状の磁硫鉄鉱結晶から見つかった液体を含む空隙。液体の内包物が見つかるのは世界で初めてのことです。内部にはシアン化物イオンや塩化物イオンなどの様々な塩を初め、二酸化炭素や有機物も存在することが分かりました。 (Image Credit: 東北大学, NASA/JSC, SPring-8) 】

リュウグウの母天体が、かつて水や二酸化炭素を含んでいたことを示す極めて貴重な発見もありました。サンプルの1つに含まれる磁硫鉄鉱 (硫化鉄の鉱物) の結晶内部にはマイクロメートルスケールの空隙があり、そこに液体が詰まっていることがわかったのです。

この液体の成分を分析したところ、主成分は水であり、含有する成分として二酸化炭素、有機物、塩 (シアン化物イオン、塩化物イオンなど) が存在する、言わば炭酸水であることもわかりました。宇宙由来の物質から液体の内包物が発見されるのは世界初であり、水や二酸化炭素の存在を示す直接的な証拠となります。

【▲ 図7: テーブルサンゴを思わせる外観を持つ炭酸塩鉱物の微細な結晶。このような結晶の成長は水の豊富な環境を示唆します。 (Image Credit: 東北大学) 】

リュウグウのサンプルを構成する岩片の大きさは約1mm前後であり、含まれる鉱物種も多種多様です。異なる場所で誕生した物質が混ざっていることも理由の1つでますが、もう1つの理由としては、水や二酸化炭素との反応に差があったことが考えられます。サンプルの岩片は、岩石に対する水の割合が高い環境でできた物質と、水の割合が低い物質の2種類に大別されます。前者は液体の水が豊富な環境、後者は水の多くが凍ったままで液体の水が少ない環境にいたと推定できます。特に前者については、多数の結晶が集まり、テーブルサンゴを思わせる外観の炭酸塩鉱物(図7)が存在したことから、母天体はかなりの量の液体の水を持っていたと考えられます。

これらの証拠は、リュウグウの母天体は内部に液体の水を豊富に含むことができるほどの大きさを有した天体であり、その後リュウグウが形成された時には液体の水が豊富だった母天体内部と、液体の水に乏しかった母天体表層部の両方に由来する物質が混ざったことを意味します。

■推定されるリュウグウの形成過程

【▲ 図8: 今回の研究結果を総合して推定されたリュウグウの誕生経緯。 (Image Credit: MIT, 千葉工業大学, 東京工業大学, 東北大学) 】

以上の結果を元に、同チームは小惑星の形成進化に関するシミュレーションを行い、リュウグウのサンプルの状況を最も良く説明できる形成過程を再現することに成功しました。実際の破片の物性を元に小惑星の形成と進化の過程がシミュレーションされたのは世界初です。シミュレーションの結果、母天体を経由したリュウグウの形成過程が見えてきました。

太陽系誕生から約200万年後、直径約100kmと推定されるリュウグウの母天体が誕生しました。場所は太陽から遠く離れた原始太陽系星雲の内部であり、-200℃の低温環境でした。またこの時、太陽系の内側で1000℃以上の高温に晒された別の天体も母天体の誕生現場に移動し、母天体に混合していました。

太陽系の誕生時には、現在の太陽系にはほとんど存在しない「アルミニウム26」 (※) という寿命の短い放射性元素が存在していました。アルミニウム26はリュウグウの母天体にも含まれていて、その崩壊による熱で母天体の内部は熱せられました。母天体が誕生してから約300万年後には水の氷が融け、岩石と水の化学反応が起きるほどの温度になり、母天体の誕生から約500万年後には最高温度の約50℃に達しました。

その後、リュウグウの母天体は小惑星帯のあたりまで太陽に接近した後、別の天体との衝突で砕かれました。リュウグウのスペクトルは、小惑星帯にある142番小惑星ポラナ (Polana) や495番小惑星オイラリア (Eulalia) と似ていて、これらの小惑星が共通の起源を持つと推定されることがその理由です。シミュレーションの結果、母天体の10分の1ほどの直径を持つ小惑星が衝突した時に生じる最大の破片は、ポラナやオイラリアに匹敵する直径約50kmになることがわかりました。リュウグウ自身はラブルパイル天体 (無数の小さな岩片が融合せず緩く結合した天体) であり、母天体が砕かれた時に生じた無数の小さな岩片の集合体であると考えられます。母天体への天体衝突によって高温高圧 (圧力にして100億パスカル程度) にさらされるのは全体の0.2%と極めて少ないことと、リュウグウのサンプルからは高温高圧にさらされた形跡が見つからないことから、リュウグウを作った物質は天体が衝突した場所から離れた部分の物質に由来すると推定されます。

※…アルミニウムの放射性同位体。宇宙空間では宇宙線とケイ素との核反応で大量に生成され蓄積されるため、崩壊熱は形成直後の天体の主要な熱源となります。一方で半減期が72万年と短いこと、天体そのものが宇宙線を遮断するため、新たなアルミニウム26が生成されない天体内部は数千万年程度の短い時間で崩壊しつくしてしまい、冷え切ってしまいます。

今回の研究では、サンプルの多角的な分析の結果から、リュウグウの誕生について多くのことがわかりました。リュウグウのサンプルは太陽系誕生時の情報を持つ非常に始原的な物質であると推定され、太陽系の誕生や進化に関する研究での基準になり得ることから、このように正確な履歴をたどることは極めて重要です。今回の研究は、リュウグウのサンプルやそれ以外の研究における基礎的なデータや比較基準となることが期待されます

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文/彩恵りり

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