ザ・ビートルズが“未知の世界”へ踏み込んだアルバムの制作背景とA面全曲解説

The Beatles in Abbey Road Studios during filming of the 'Paperback Writer' and 'Rain' promotional films, May 19, 1966. Credit: © Apple Corps Ltd.

2022年10月28日に発売されるザ・ビートルズ『Revolver』スペシャル・エディション。この発売を記念して、『Revolver』の解説を連載として掲載。その第2回目。

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“未知の世界”へ踏み込んだ制作背景

前回、ザ・ビートルズの活動区分について、こんなことを書いた――「ザ・ビートルズのサウンドの変遷をたどっていくと、『Revolver』から後期が始まるといったほうがすんなりいく。活動状況をみても、1966年4月の『Revolver』のセッションからザ・ビートルズは新たな道を歩み始めたのがわかるからだ」と。

『Revolver』のセッションは1966年4月6日に始まり、最初に「Tomorrow Never Knows」がレコーディングされた。『Anthology 2』に収録されたテイク1(今回の「2CDデラックス」「5CDスーパー・デラックス」エディションにも収録)を聴けば、『Rubber Soul』以前の音作りと大きく変わったことが実感できる。

音作りの変化に大きな役割を果たしたのが、ノーマン・スミスに代わって『Revolver』からレコーディング・エンジニアとなったジェフ・エメリックである。たとえばヴォーカルをレスリー・スピーカーに通して収録することで声の変革を生み出したり、リンゴのバス・ドラムに衣類を詰めて“鳴り音”を変えたりと、声や楽器に様々な工夫を施した。

それ以外にも、エンジニアのケン・タウンゼントがヴォーカルにエフェクト処理を加え、一度の録音で二度歌っているかのように聞こえるADT(アーティフィシャル・ダブル・トラッキング)を考案したり(ほとんどの曲で使用)、テープレコーダーの回転数を変化させて録音し、再生する際に元に戻し、声に変化を加えたり(「Rain」ほか)、SEを多用したり(「Yellow Submarine」ほか)、テープの逆回転を採り入れたり(「I’m Only Sleeping」ほか)と、それ以前にはないさまざまなスタジオ革命を起こした。もちろん、プロデューサーのジョージ・マーティンとビートルズの4人のアイディアも多数盛り込まれている。

そうして生まれたのがアルバム『Revolver』だったわけだ。言葉を換えるなら、バンド・サウンドの頂点に位置するアルバムが『Rubber Soul』で、『Revolver』からはいわば“未知の世界”や“歪みの領域”へと足を踏み込んでいったともいえる。そして、1966年から67年にかけてサイケデリックな時代へと移りゆく中で、『Revolver』のサウンドをさらに発展させ、よりカラフルに仕上げた傑作が、次作『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』だった。

曲作りに関しては、前作『Rubber Soul』と同時に発売された「Day Tripper」と「We Can Work It Out(恋を抱きしめよう)」は両A面シングルとなったが、『Revolver』では、ポールの「Paperback Writer」がA面で、ジョンの「Rain」はB面扱いとなり、以後、より大衆的なポールの曲と、より実験的なジョンの曲がそれぞれシングルのA面とB面に振り分けられることが多くなっていく。また、『Revolver』は、ジョージの曲が初めて3曲(しかも「Taxman」は1曲目)収録されたアルバムともなった。

アルバム『Revolver』は1966年8月5日に発売され(イギリスでの予約は30万枚)、NMEとメロディメイカーで初登場1位を記録。NMEは7週連続、メロディメイカーは9週連続その座を守った(NMEではなぜかシングル・チャートでも18位を記録)。

「Eleanor Rigby」と「Yellow Submarine」は、『Revolver』と同じ日にシングルとしても発売されたが、アルバム収録の2曲がシングルとなったのは、『A Hard Day’s Night』からの「A Hard Day’s Night」「Things We Said Today(今日の誓い)」以来のこと。オリジナル・シングルではこの2枚のみ、である。

A面全曲解説

1. Taxman

初めてアルバムの1曲目に収録されたジョージの曲。税金の高いイギリス政府を実名まで挙げて皮肉った傑作だ。ジョージ自身、「どんなに稼いでも、ほとんどを税金で持っていかれることを意識して書いた」と語っている。目まぐるしく動き回るポールの“リード・ベース”が刺激的だが、インド風味たっぷりのポールのギターも感覚一発の凄みがある。

『Anthology 2』にはテイク11が収録されていたが、今回の「スーパー・デラックス・エディション」には、それよりもやりとりが幾分長いテイクが収録されている。

2. Eleanor Rigby

ザ・ビートルズが楽器をいっさい弾いていない初めての曲。ポールはヴォーカルのみで、ジョンとジョージはバック・ヴォーカルのみである。バックを「Yesterday」の倍の弦楽奏にしたのはジョージ・マーティンのアイディアだが、ポールがヴァイオリンを取り入れることにしたのは、ヴィヴァルディを、当時の恋人ジェーン・アッシャーから教わったのがきっかけだったという。

切り刻むヴァイオリンの音色は、映画『サイコ』の音楽を担当したバーナード・ハーマンの影響だ。孤独な人々の寂しい生活を盛り込んだ物語性豊かな歌詞は、映画『イエロー・サブマリン』でも見事に映像化された。

『Anthology 2』にはストリングスだけのテイク14が収録されていたが、今回の「スーパー・デラックス・エディション」には、初登場のテイク2(始まる前の長めのやりとりも)が収録されている。

3. I’m Only Sleeping

ジョンの『Double Fantasy』(1980年)に収録された「Watching The Wheels」は、モノグサだと世間に見られているジョンからの返答歌だったが、「I’m Only Sleeping」は、その曲に通じる趣がある。

眠いだけというよりは、気だるさを伴う眠気。ドラッグによるまったりした気分が反映された曲であると考えるべきだろう。そんな気怠さが、ADTによるジョンのヴォーカルや逆回転によるギター(ジョンのあくびも)で表現されている。

『Anthology 2』にはリハーサルとテイク1が収録されていたが、今回の「スーパー・デラックス・エディション」には、同じくリハーサル・テイクと初登場のテイク2、テイク5、さらに初登場のモノ・ミックス・ヴァージョンの計4テイクが収録されている。

4. Love You To

「シタールとタブラを入れようと考えた最初の曲。歌とギターは後まわしで」とジョージが語っているように、ジョージが初めて形にした、本格的なインド音楽。ポールとリンゴも演奏に加わっているが、ほとんど目立たない(ジョンは不参加)。

ジョージのソロ活動はこの曲が起点になったと捉えることもできる。このあとジョージは、インド音楽をさらに極めた「Within You Without You」(1967年)と「The Inner Light」(1968年)で、より哲学的な歌詞を盛り込んだ傑作をものにしていく。録音時のタイトルは、りんごの銘柄を元にした“Granny Smith”だった。

今回の「スーパー・デラックス・エディション」には、初登場のテイク1、リハーサル、テイク7の3テイクが収録されている。

5. Here, There And Everywhere

「ジョンの家のプール・サイドで、ジョンが起きるのを待つ間にほとんど一人で書き上げた」というザ・ビートルズ時代のポールの最高傑作のひとつ。味わい深いコーラスも堪能できる曲で、4人全員で担当したらしい最後のフィンガー・スナップ(指鳴らし)も効果的だ。ジョンの最も好きなポールの曲でもある。

『Anthology 2』からの2枚目のシングルとして発売された「Real Love」には、前半のテイク6から後半のオフィシャル・テイクへと移行するニュー・ヴァージョンが収録されていたが、今回の「スーパー・デラックス・エディション」には、その前半部分がフルで楽しめる初登場のテイク6が収録されている。

6. Yellow Submarine

リンゴの代表曲。「眠りかけている時に子ども向けの歌を思い浮かべていたら、黄色と潜水艦が浮かんだ」とポールは語っていたが、ポールのストーリーテラーとしての才能が伺える色彩豊かな歌詞が素晴らしい。ただし歌詞は、メルヘンチックな曲を得意としたドノヴァンが手伝い、ジョンも手を貸している。SEを多用した最初の1曲でもあるが、マーチング・バンドによるブラスの音は、スタジオのライヴラリーから持ち出された“ニセの音”だった。

同じくシングル「Real Love」には、この曲のテイク5のイントロにリンゴの物語風のセリフなどを長々と加えたヴァージョンが収録されていたが、今回の「スーパー・デラックス・エディション」には、それより幾分やりとりなどが長い「ハイライテッド・サウンド・エフェクツ」と、初登場となる「ソングライティング・ワーク・テープ」のパート1とパート2、さらにSEを加える前の「テイク4・ビフォー・サウンド・エフェクツ」の計4テイクが収録されている。

7. She Said, She Said

ジョンには実体験を元にした曲が数多くあるが、これは全米ツアーの合間に俳優のピーター・フォンダとロサンジェルスでLSDをキメた時(1965年8月24日)の2人の会話が元になっている。「死ぬってどんなことか俺は知ってる」と囁かれて恐ろしかったとジョンはのちに語っている。

メタリックなギターの音色と、テンポ・チェンジの妙をはじめ、ソロ時代のジョンを彷彿させる音作りだ。『Revolver』の最後のセッションでレコーディングされた曲だが、その日は、日本を含む極東ツアー開始のわずか3日前だった。

今回の「スーパー・デラックス・エディション」には、初登場のジョンのデモ・テイクとテイク15(バッキング・トラック・リハーサル)の2テイクが収録されている。

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ザ・ビートルズ『Revolver』スペシャル・エディション
2022年10月28日発売

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