休養中のカート・ブッシュが現役引退を決意。タイラー・レディックが早期合流へ/NASCAR

 2004年のシリーズチャンピオンであり、今季中盤のクラッシュによる脳震盪の影響から、後半戦の欠場が続いていたNASCARカップシリーズを代表するスター選手、カート・ブッシュ(23XIレーシング/トヨタ・カムリ)が、自らの決断により2023年のフルタイム参戦を回避するとアナウンスし、事実上の引退を表明。

 ドクターストップによる無念の離脱を受け、所属する23XIレーシングと“2024年”からの移籍契約を結んでいたタイラー・レディック(リチャード・チルドレス・レーシング/シボレー・カマロ)を、双方合意のもと1年前倒しで起用する運びとなった。

 今季プレーオフの“ラウンド・オブ8”初戦、10月16日のラスベガス戦を前にメディアセンターに姿を現したカートは、自身のTwitterでも「このNASCARビレッジは僕の家であり、ここが大好きだ」と故郷への感謝を述べた。

「28年前、僕は砂漠のこの地に立って、父が家族と一緒に作った最初の魅力的なレースカーと出会った。レースこそ、僕がここまで学び知り得たすべてだ。胸に秘めた情熱、価値ある倫理、そしてあきらめない心は、子どものときに夢見たすべての目標に到達するのに役立った」と続けたカート。

「ここまでライバルより大きな違いを生み出してこれた理由や、その状況はひとつじゃない。そうは言っても、現時点でNASCARカップシリーズのトップレベルでレースをする能力が100%ではないことはわかっている。ここは最高のドライバーが集う場であり、ここ最近の僕は自分がベストだと感じられていない」

「医師たちは、今季の参戦を『中止』するのが最善だという結論に達した。医療界のスペシャリストやトヨタ・パフォーマンス・センターのチームと協力して、症状の改善に向け着実に成果を上げてきたが、まだ100%の回復には至っていない」

「僕は引き続き健康に気を配り、諸問題のクリアに向け努力を続ける。そのため、2023年のNASCARカップシリーズから離れることにした。僕の長期的な健康は最優先事項であり、現時点では来年のチャンピオンシップを争うことが、僕の最善の利益……そしてチームの最善の利益になるとは思えないんだ」

「それでもトヨタとTRDは僕の未来の一部であり続ける。彼らは長い間“行方不明だった兄弟”のように僕を抱きしめてくれた。このサポートに感謝しているし、これからも一緒にあらゆる場所へ旅をする。23XIとこの素晴らしい専門家チームとの仕事を心から楽しんでいるし、僕らはここで何か特別なものを構築している。ババ(・ウォレス)や、来年チームに加わって45号車のトヨタをドライブするタイラー・レディックと一緒に仕事を続けることを楽しみにしている」

トヨタ陣営の23XIレーシングに加入し、ダレル“バッバ”ウォレスJr.(23XIレーシング/トヨタ・カムリ)とのタッグで前半戦を牽引
チームファウンダーのひとりである“MJ”ことマイケル・ジョーダンのカラースキームでも出場した

■北米TRDのデビッド・ウィルソン社長も複雑な心境を語る

 今季7月に開催されたポコノ・レースウェイの予選でクラッシュを喫し、以降は出場機会を逸してジョー・ギブス・レーシング(JGR)の御曹司タイ・ギブスにシートを預けてきたカートだが、このアナウンスを受けリチャード・チルドレス・レーシング(RCR)も、弟カイルの電撃移籍により来季「3台目のサテライト車両」に乗せる予定だったレディックを早期解放することに合意。1年早く23XIレーシングに合流することとなった。

 これらの発表を受け、北米TRDのデビッド・ウィルソン社長は「カートが来季フルタイムから離れるという決断は、我々が一緒にシーズンを開始し、序盤の第13戦カンザス・スピードウェイで勝利を祝ったとき、誰も予想していなかったものだ」と、その複雑な心情を語った。

「不運な状況によりカートは難しい決断を下したが、彼がトヨタやTRD、23XIレーシングのプログラム全体に、引き続き貢献してくれることを理解している。彼は膨大な量の知識と直接のチャンピオンシップ制覇の経験をチームとトヨタの仲間にもたらしてくれる。我々はキャリアの次の章で、カートをサポートするためにここに来ているし、彼と一緒に仕事を続けることを楽しみにしている」

 チームにとって創設以降2勝目となったカンザスでのトップチェッカーを含め、開幕からの20戦で8回のトップ10フィニッシュを獲得したカートは、今季のプレーオフ進出権を獲得する活躍を演じてきた。そんなカップキャリア通算34勝を誇るエースに対し、所属先の23XIレーシングも「カート・ブッシュが我々のチームに加わった日から、彼が多くの点で組織を向上させてくれると確信していました」との声明をリリースした。

「カンザス・スピードウェイでの圧倒的な勝利により、23XIの最初のプレーオフ出場権を獲得したことから、プログラムの成長を支援するためにコース内外で過ごした多くの時間を含め、カートは我々チームをより良い組織に育ててくれました」

「今季は彼の怪我で予期せぬ方向転換を強いられましたが、不幸な状況にも関わらず、カートは真のプロフェッショナルであり、信頼できるチームメイトであることをやめませんでした。我々は健康に専念するというカートの決定を全面的に支持し、引き続きチームの将来のために強力な基盤を構築するべく、彼の指導を仰げることに感謝しています」

その“MJ”スキームも幸運をもたらし、第13戦カンザス・スピードウェイでは移籍後初優勝を飾る
「医療界のスペシャリストやトヨタ・パフォーマンス・センターのチームと協力して、症状の改善に向け着実に成果を上げてきたが、まだ100%の回復には至っていない」と明かしたカート

■「感謝してもし切れない思い」と改めての謝意を述べるカート

 また、シリーズを運営するNASCARのスティーブ・フェルプス代表も「20年以上にわたり、カート・ブッシュの戦いとレースを見ることができて光栄だった」と、フル参戦離脱を惜しむ言葉を贈った。

「彼はオーバルを筆頭としたトラック上で、自らがチャンピオンであることを証明したが、おそらくそれと同じくらい重要なのは、彼がこのスポーツの真の大使に成長したことだろう。モータースポーツの未来を改善しようとするカートの意欲は、彼の存在を際立たせるものだ」

「その彼がリーダーとして、また信頼できるリソースとして、我々のスポーツに留まることに興奮しているよ。カートのレースに対する比類ない情熱をもとに、再び彼がレースカーのシートに座れる日を心待ちにしている」

 そのカートの後継者として予定より早くダレル“バッバ”ウォレスJr.(23XIレーシング/トヨタ・カムリ)のチームメイトになることが決まったレディックは「僕が彼らのシートに座ることが可能になった状況は非常に残念だが、23XIレーシングで1年早く旅を始めることができて本当に興奮している」とツイート。

 一方で、レディックの早期離脱を認めたRCRも「2023年にタイラー・レディックを解放して23XIでドライブすることに同意した」とのリリースに「カイル・ブッシュが来季RCRに加入することで、将来に向け成功するプログラムの構築に集中することが、相互の最善の利益になると確信する。RCRとタイラーはともに大きな成功を収めており、RCRの全員が彼の成功を祈っている」と綴った。

 こうして来季は26歳の新鋭にシートを譲る格好となったカップ通算776戦出走を誇るカートは「すべてのNASCARファンのみなさんへ、今季の旅を通じて、そして何年にもわたってサポートしてくれことに、感謝してもし切れない思いだ」と、改めての謝意を述べた。

「あなたのメモと励ましの言葉は、僕にとって大きな意味があった。キャリアを通じて、非常に多くの素晴らしいチーム、チームメイト、スポンサーとレースをすることができた。そこで出会ったすべての人々が、これまでの旅をより特別なものにしてくれたんだ」

「僕にはまだ競争力があり、情熱的であり、自分の核となる価値観を発揮し続け、22年以上前にラスベガスを離れてプロのレースのキャリアを追求して以来、僕の人生のすべてであったコミュニティに恩返しをしたいと思っている。来季のレースへの貢献は少し違うかたちになるかもしれないが、このスポーツに対し最善を尽くし続け、またみんなに出会えることを願っている」

今季7月に開催された第21戦ポコノ・レースウェイの予選でクラッシュを喫し、以降は参戦を見合わせて来た
来季はチームでの仕事のかたわら、放送ブースでのコメンテーターの仕事も予定されている

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