書が語る

 原爆で死んだ幼なじみの「昭(あき)ちゃん」は酷(ひど)い火傷(やけど)を負っていて、足に巻いたゲートルの記名だけが名前を知る手掛かりだった。15歳だった少年に被爆者の女性が語りかける▲〈空き地で火葬する時、お父さんが「昭雄一人で行かせん」と火の中へ飛び込もうとして大変でした〉〈悲しくて怖くて逃げて帰りました/今でもあの時の事を現わす言葉がみつかりません〉▲原爆死没者名簿の筆耕を担当する長崎市の書道講師、森田孝子さんの作品展が国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(同市平野町)で28日まで開かれている。文字には音がないのに…と書いたのは昨年の秋だった。全く同じ感想を持った。やっぱり「声」が聞こえる▲ただ、1年前と違っているのは、例えば〈かあちゃん/痛いよう/泣き叫ぶ聲(こえ)/大切な家族を/大切な友をなくした〉と悲嘆に暮れる被爆者の言葉がウクライナの悲鳴に重なりあうことだ。ロシアの侵攻が始まって8カ月が過ぎた▲森田さんの筆は静かに訴える。どんな理由があっても、いつの時代も、どこの国でも、戦争は数え切れない「痛い」と「怖い」と「悲しい」を引き起こす▲〈大砲の音が二度となりひびかないように/世界の子どものうえにいつも明るく太陽が輝いていますように〉-素朴な祈りの言葉を何度も読み返す。(智)

© 株式会社長崎新聞社