「技も、人間も、磨け」 “スモール・フットボール”育成の心得①ーW杯日本代表に選出・伊藤洋輝選手の恩師に聞く

11月20日、FIFAワールドカップが中東・カタールを舞台に開幕する1998年フランス大会から7大会連続で出場する日本代表に浜松市出身の伊藤洋輝選手(ドイツ・シュツットガルト)が選ばれた。

この伊藤選手の原点はフットサルだ。静岡県西部でフットサルスクールを展開する日系ブラジル人の安光マリオさん(72)=浜松市在住=の元で、卓越した足技と判断力、さらにはサッカーに取り組む姿勢を身に着けた。

マリオさんは、1990年代半ばから、日本フットサル界の発展と、フットサルとサッカーの連係を支えてきたキーパーソンの1人でもある。21世紀になって12歳以下では8人制のサッカーが主流になった。フットサルと共に “スモール・フットボール”はいま日本サッカーを支える土台となっている。その潮流の中で、子どもたちを指導する上で大切にすべきことを聞いた。

伊藤選手の“恩師”安光マリオさん

■「ずっと1秒考える」

マリオさんが22年前に立ち上げた「マリオフットサルスクール」。幼児から高校生年代まで、200人を超える選手がプレーしている。練習会場の1つ、浜松アリーナで、マリオさんはハーフパンツ姿で子どもたちと共に汗を流していた。

マリオ「たまに自分の時間が欲しいなって思うけんど、子どもたちが待っとるんだもんね。ちゃんとしてやらんといけんよね」

来日して30年。遠州弁がすっかり板についたマリオさん。フットサルの魅力とはどのようなものだろうか。

マリオ「フットサルはボールタッチするのが多いからね。狭いところでやる、5人でやる、それが、子どもに対しては一番楽しいところだと思うよね、子どもはボールいっぱい触ったらいいから。サッカーだったらあんまりボール触れない子どもたちもおるから」

“サロンフットボール”とも呼ばれるフットサルは、1チーム11人のサッカーと比べると、何もかもスモール。コートは縦40メートル、横20メートル。単純に面積を比較すれば、サッカーの9分の1。1チームでコートに立てるのはキーパーを含めて5人。ボールはあまり弾まない。

試合時間は前後半20分ずつという具合。狭いエリアで戦うため、巧みなフェイント、トリッキーな足技、グラウンダーのダイレクトパスが多用される。総じて展開は速い。だからこそ選手たちに求めていることがある。

マリオ「フットサルはいつでも『次のこと、次のことをやる』を考えてやらないといけんスポーツなんだよね。止まってから考えたりすると、もう遅い。ちょっと時間つくったりすると、すぐマークが入って、もう次のことができない。ボールを捕られる。そんなのが増えるんだよね。私、子どもらにいつも言うの。『1秒考える。1秒。ずっと1秒考える』。そうしたら何も遅れない。相手がマークしている時には、相手が何をやるか、何を仕掛けるかっていうのは、その1秒の中で分かるからね。サッカーではそんなに言わないんだけど、フットサルではすごく大事だよね」

「ずっと1秒考える」。それはフットサルが「1秒の怖さ」と表裏一体だからでもある。

「1秒考える」と「1秒の怖さ」は表裏一体

マリオ「フットサルは1秒で試合が決まるから。私も見たことがあるからね。あるリーグの決勝で1回、最後の1秒で点が決まって終わっとるんだからね。ちょっと眠ったら、やられる。だから、相手が一気に攻撃に転じるカウンターアタックをなしにしてやらないといけんだよね。カウンターはもう、点に絡むのが多いからね」

「私は『攻めて点取れ』とは言わないから。『守って点取れよ』って。結構、点をそんな形で取ってるよね。失点は本当に少なくしてやらないといけんからね。難しいことだけど、子どもやらにその技術・戦術を伝えないといけんよね」

一方、マリオさんはブラジルの名門サントスFCと提携したサッカーアカデミーを設立し、サッカーの指導にも当たっている。そのため、フットサルとサッカーの“二刀流”の選手も預かる。フットサルの経験は、サッカーでどう生かせるものだろうか。

マリオ 「フットサルをやっている選手らは、サッカーでも違ってくるんだよね。『速いプレー』について、日本では足が速かったらすごいっていうけれど、フットサルでは、ボールなしのスピードじゃなくて、ボールを速くすること=ボール持った時のスピードをすごく大事にするよね。何より『考える速さ』がポイントになる」

「ブラジルでは学校で(フットサルを)やるのが多かった。それは“『考え方が速くなる』っていうイメージがあったと思う。だから、フットサルを経験した選手は、サッカーではもっとゲームが見えるようになるし、プレーするのにすごい『楽になる』よね。(フットサルと比べて)ちょっと時間があるし、スペースがあるから」

「(伊藤)洋輝(選手)はいつでも落ち着いてやっとる選手だったからね。うまくいったのは、それがあると思うよね。そんなフットサルのプレースタイルの良さを全部サッカーに持っていくようにね、選手たちに癖をつけられるようにするんだよね。サッカーも8人制になってから、フットサルの向きになって来とるよね」

マリオさんのチームのキャプテン沼野選手(12)は2022年夏の12歳以下のフットサルの全国大会「バーモンドカップ」で優秀選手に選ばれた。沼野選手はまさに“二刀流”で、将来を嘱望される選手の1人だ。

「マリオさんは言葉に表せないくらい大きい存在」という沼野選手。マリオさんのもとで磨いたフットサルの技術をサッカーでも上手く生かせているという。

沼野「サッカーでも狭い中でプレーする時とかに、フットサルが生きているかなっていう実感はありますね。後ろから組み立てていく時、サイドからこじ開けていく時に使うワンツー(味方にパスを出し、ダイレクトで出されたボールを受けて攻め上がるプレー)とか、裏に回ったりとか、そういう場面ですね。足元の技術だけでなく、場面ごと攻守の展開をするためのイメージはたくさん持てていると思います」

「OBの伊藤洋輝選手がすごい、日本代表としても活躍してるんで、まず自分もそこに行けるように頑張りたいと思います。将来の夢は、サッカーで海外でプレーして、ワールドカップに出て優勝したいと思ってます」

小学生時代の伊藤選手(後列中央)を指導したマリオさん(後列左端)

■「基本を広げて、イメージをつくっていく」

「ブラジルでは次々にフットサルから、若いサッカーのいい選手が出てくる。プレーを見たらすぐフットサルをやっていたと分かる」とマリオさん。ブラジルのネイマールやロナウジーニョなどの名選手は、幼い頃フットサルでテクニックを磨いた。

フットサルのサッカーにおける貢献度は日本でも徐々に高まっている。小野伸二選手(清水商高出、札幌)や中島翔哉選手(トルコ・アンタルヤスポル)などフットサル経験のある選手がサッカーでも名を馳せるようになってきた。

いま、12歳以下の育成年代はサッカーならハーフサイズコートの8人制で育っている。ボールに多く触れる回数を増やし、確かな技術を身につけられるようにするのが狙いだという。“スモール・フットボール”の指導で大切になることは何だと、マリオさんは考えてきたのだろうか。

マリオ「基本は一番大事だよね。ただ、パス、ドリーブル、シュート、トラップ…いろんなものが絡むようにしないといけんよね。場所の取り方、体の動き、考え方、それらすべてをつなげて、ゲームで使えるプレーを僕ら『基本』ととらえているんだよね。言い換えれば、1つのプレーで終わるんでなくて、いつでも『つなぎがあるよ』っていうイメージをつくるんだよね。基本は本当に広いよ。それをもっとうまくやるようにする。そうしたら、子どもたちがもっといろんなことができるようになると思うんだよね」

「ただ、パス、シュートをやっとるから、良くなるんと違うよ。例えば、パスをするのに、いいポジションをとっとったら、いい形で選手もボールも入って来てくれたりする。もっといいプレーができるからね。つまりそれは『次』『次』ができるようにするプレーなんだよね」

ブラジルの名選手は幼い頃フットサルでテクニックを磨いた

マリオさんのスクールの練習は、メニューがいくつもある。例えば、ダイレクトパスで相手守備を崩し、シュートに持ち込む練習。そのパターンは多彩で、選手は体も頭を相当使っている様子。相手ディフェンダーを背にした状況で前へ出る練習では、マリオさん自身がプレーの手本を示す。腕の置き方、ボールのキープの仕方、さらに相手の脚の間にどのようにボールを通していくか…。率先垂範、自らイメージを見せて子どもたちに伝えていくのが“マリオ式”だ。

マリオ「『教える、教える』っていう気持ちじゃなくて、『イメージ!イメージ!』『これがあるんだ!』『あれがあるんだ!』と、いろんなものを子どもたちに見せて、子どもたちがその場面で何をやったらいいか、自分が決められるようにする。フットサルのすごく面白いところは、それなんだよね。もっと上(上級レベル)になってくると、引き出しが増えていくんだよね」

「シュートもトラップも、『こんなやり方もある』『あんな方法もある』っていうように、プレーのつながりをイメージしてアイデアを広げていく。いろんなイメージをつくって子どもたちが自分でいろいろなことを学んでやるようにするやり方なんだ。『これやれ!』って何度もしつこく教える指導とは違うの。あんまり子どもに教えると、子どもがそれだけやるようになるから。それをなしにしていきたいの。自分がやるのは楽しさがある、これもできるようになる、あれもできるようになる、自分で考えてからいろんなものをつくっていけるようになるから。だから指導している人は、いろんなイメージがなかったらいけんよね。ブラジルでは日本語にすると『不良品の選手を育てる』って言葉がある。だから、そんなことのないようにね、育ててやらないといけんよね」

スクール生を指導するマリオさん(写真中央)

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