“大地を彫刻”した箱根彫刻の森美術館、さまざまな作品、仕掛けを片桐仁が堪能

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。7月29日(金)の放送では、「箱根 彫刻の森美術館」に伺いました。

◆日本初の野外美術館に佇む近代彫刻の名作

今回の舞台は、神奈川県にある箱根 彫刻の森美術館。ここは日本初の野外美術館として1969年に開館。箱根の自然を活かし、約120点の彫刻作品が並びます。

1950~60年代、日本には絵画のための美術館はあったものの、彫刻のための美術館はありませんでした。一方、ヨーロッパの美術館では"彫刻庭園”という動きが活発化。そうしたなか、国内の彫刻文化の発展に寄与すべく当館は設立されました。

この日は主任学芸員の黒河内卓郎さんの案内のもと、広い庭園を歩きながら、片桐が近代彫刻の歴史と日本初の野外美術館の成り立ちを紐解きます。

最初に鑑賞した作品は、オーギュスト・ロダン作、フランスの文豪バルザックの銅像「バルザック記念像」(1891~1898年)。これはロダンが文芸家協会からの依頼で制作したものの、細部を省略したことにより文芸家協会が受け取りを拒否した作品です。

あえてリアルな彫刻表現から距離を置いたロダンの意欲作であり、作り手のイメージを重視した、近代彫刻におけるいわゆるアーティストの始まりと位置付けられる貴重なもの。それを聞いた片桐は「絵画に関してはそうしたものが始まっているけど、彫刻はリアリティを持って作るのが当たり前だったのを、作家の観念を作品に入れ込むことをロダンが始めたんですね」と感心。

続いては、スウェーデンの作家カール・ミレスの「人とペガサス」(1949年)。

そのタイトル通り、人とペガサスの彫刻で、ペガサスに乗ったギリシャ神話の英雄ベレロフォンがゼウスの怒りを買い、稲妻に打たれる瞬間を作品化したと言われており、そのせいかベレロフォンの顔は目が剥き出しに。

本作は何より、設置されている場所が屋外ならでは。作家の指定で高さ9メートルの台座の上に空を背景に展示されており、片桐は「いいですね~。彫刻の森美術館と相性いい」と感嘆。

一方で、野外美術館ならではの苦労も。作品の掃除が大変で、高所作業車を使い、年に1度、点検とワックスがけをしているそうです。

次は近代彫刻の巨匠で、ロダンの弟子としても知られるフランスの彫刻家・エミール=アントワーヌ・ブールデルが48歳のときに制作した代表作「弓を引くヘラクレス -大」(1909年)。こちらは国立西洋美術館の前にも置かれている作品です。

片桐からは「力強いですよね~」と感嘆の声が。ブールデルの作風はロダンとは異なり、とても素朴で、ギリシャ神話をそのまま表現。黒河内さんによると、この作品にはちょっと変わった見方があり、背後から見るとミレスの「人とペガサス」を狙っているかのように見えます。

それもあくまで直接狙っているわけではなく、人とペガサスが今後飛び行くであろう方向を狙っているかのように配置する、その遊び心を持った展示も彫刻の森美術館の魅力のひとつです。

◆彫刻の森美術館を設計した男が施した仕掛けとは

彫刻の森美術館を設計したのは、建築家ではなく彫刻家で、昭和から平成にかけ多くの作品を発表した井上武吉です。37歳のときに設計を依頼され、その2年後の1969年に美術館は完成。

そのこだわりは景観をデザインするランドスケープデザインで、井上は"大地を彫刻する”ようなイメージを持っていたとか。

当館には井上の作品も展示されており、そのひとつが「my sky hole79 天をのぞく穴」(1979年)。

これは黒と透明な箱が並び、黒い箱から中に入ることが可能。2つは地下通路で繋がっており、その途中には椅子が。そこに座り、上を眺めるとそこには穴があり、外光が煌めきます。そこは母親の体内をイメージしているそうで、片桐は「眩しい!」と目を細め、「開けたところから中に入り、自分と対話するような」と語ります。

さらに進むとようやく外へ。すると片桐からは「明るいな~! この世に生まれたって感じですごい」との感想が。井上は奈良県の山深い村の出身で、そこには高い木々が生い茂り、その間から空が見える原体験をいつも懐かしんでいたそうで、これは自分と向き合うための作品とも言えます。

とても自由な井上の彫刻作品はもうひとつ。今度は宙に銀の球体が浮かび上がった「my sky hole84 HAKONE」(1984年)。「いいですね~、(反射して)道が見えて、空まで見える」と片桐。

その下の道を歩いて行くと、彫刻の森美術館を設計した井上による、ある仕掛けが施されているのがわかるとか。

歩を進める片桐は「道が細くなっていますね」と何かに気づいた様子。

実はこの道は遠近法が施され、消失点を描くことで見ている側の距離感を惑わす演出がなされています。

また、反対から見ると道幅は全て同じに見え、これこそが遠近法の不思議なところ。片桐は「目の錯覚ですね。登っているときは細くなっている感じがしたんですけど、細くなっているほうから広くなっているほうを見ると同じ幅に見える!」とビックリ。

さらには「ついつい彫刻を見てしまいますけど、この美術館全体、ランドスケープ自体が彫刻作品ということですね」と感服。それこそが"大地を彫刻する”という井上の考えであり、「面白い見方ですね」と感動する片桐。

◆親子で芸術を体感し、楽しめる美術館

自然と芸術が調和するなか、設計者の井上がこだわったコンセプトは「親子で芸術に触れられる体験ができること」。それが体現されたエリアのひとつが2021年にオープンした「ポケっと。」。

ここは体験型作品を中心に展示された休憩できる場所で、作品に座って自然を眺めることが可能。洋服の"ポケット”のような場所、さらには椅子に座り、ぽけ~っと過ごしてもらいたいという思いから、この名前が付けられたそうです。

そして、松原成夫の「宇宙的色彩空間」(1968年)もまた体験できるアート作品。これは、12色の正方形の枠が虹色の規則性に従って並べられ、それがリズムとハーモニーを生み出しています。

片桐が「ここは写真スポットで間違いない」と言う通り、絶好の写真スポットとなっています。

続いて、目の前にそびえる巨大な塔は、フランスのステンドグラス作家ガブリエル・ロアールの「幸せをよぶシンフォニー彫刻」(1975年)。

中に入ってみると壁面がステンドグラスで、片桐は「すごい!」と目を見張ります。

これは全長18メートル×直径8メートルのステンドグラスの塔で、中は東西南北が春夏秋冬に呼応するデザインに。また、ステンドグラス自体も厚みのあるガラスの塊をハンマーで叩き割ったものを用いることで光が複雑に乱反射するような効果が。

さらに、中の螺旋階段を登り中段に行ってみると、まるでステンドグラスに囲まれている感じを味わうことができ、それがまるでシンフォニーを奏でているようなことから"シンフォニー彫刻”と名付けられたとか。

近代彫刻の巨匠の作品から箱根の地形を活かした現代彫刻まで、多くの作品を堪能した片桐は、「野外に彫刻を展示する日本で初めての彫刻専門美術館ということで、この地形そのもののデザイン・彫刻を説明していただいて、普通に歩いて作品を見るのも楽しいけど、いろいろな仕掛けがされていて、家族で楽しめる工夫もあったり、(開館から)約50年の間に進化しているという話をたくさん聞くことができて、とても面白かったですね」と笑顔をのぞかせます。

そして、「日本ではそれまで誰もやろうとしなかった屋外の彫刻専門美術館を作った井上武吉。まさしく家族で楽しめる箱根彫刻の森美術館、素晴らしい!」と絶賛。展示作品の数々と箱根の雄大な自然に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、堀内紀子の「おくりもの:未知のポケット2」

彫刻の森美術館の展示作品のなかで、今回のストーリーに入らなかったもののなかから主任学芸員の黒河内さんがぜひ見て欲しい作品を紹介する「今日のアンコール」。黒河内さんが選んだのは「ネットの森」にある堀内紀子の「おくりもの:未知のポケット2」(2009年・再制作2017年)。

ネットの森は、500本以上の集成材を日本の伝統工法「木組み」で作った施設で、その中にある、子どもに大人気の「おくりもの:未知のポケット2」。それは手編みのネットが集積した巨大なハンモックで、子どもたちが楽しそうに遊んでいる姿も。遊ぶことでうねりが生じ、それが相乗効果になって他の子どもに届くという連動感も本作の魅力のひとつで、片桐は「これは子どもたちはワクワクしますね」と話していました。

※開館状況は、箱根 彫刻の森美術館の公式サイトでご確認ください。

※この番組の記事一覧を見る

<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

© TOKYO MX