<書評>『神と仏のスピリチュアルロード』 代案を提示し実践する

 著者はスリランカで修行した仏教僧であり、沖縄大学人文学部教授。ドキュメンタリー映画「久高オデッセイ」助監督を務めた映像民俗学者でもある。

 160ページに及ぶ写真集は、天竺(インド・ネパール・スリランカ)が主だ。写真は沖縄の津覇伝統芸能団の道ジュネ―、神徳寺の花祭りからお釈迦(しゃか)様の最後の説教地・クシナガール(インド)へとたどる。天竺から琉球へ来た仏教の道をさかのぼる。ガンジス河の河辺の火葬場、祈りをささげる聖者、五体投地をする僧侶たち。早朝の光が、インドの祇園精舎として知られる「サヘート・マヘート」に射しかかる。「いのちとは、風の中で揺らめく炎のようなものだ」。テーラワーダ仏教の長老が語った言葉に著者は深くうなずく。

 猿や犬、鳥、アリ、コウモリ、オオトカゲたちの視線を感じながら著者は瞑想(めいそう)を続ける。この世に生きている者は、人間だけではない。地球上には、既知の生物が約175万種、うち哺乳類約6千種、鳥類約9千種、昆虫約95万種など未知のものも含めると300万~1億1100万種が存在している。全ての現世の命に思いを致す宗教は仏教以外にない。いや既にこの世に無い命にまで仏陀の光は及ぶ。

 著者はガマフヤーの具志堅隆松氏に連帯し、沖縄県庁前でハンストを続けた。南部の遺骨交じりの土砂を、辺野古の軍事基地建設に使うな、という訴えだ。海外のメディアも注目し、米、英の雑誌にも載った。沖縄戦における米軍死者は1万2281人、行方不明は228人とされる。日本軍は8万9400人、一般人は10万人から15万人。遺骨が混じっているかもしれない土砂を辺野古の海に捨ててしまおう、とは誰も言えないだろう。

 著者は「闘う仏教」の実践として、ハンストを行った。これはスリランカの「エンゲイジド・ブッディズム」の考えによる。「仏教とは、慈悲の教えであるが、それは決して慈善事業を意味しない。現代の矛盾に満ちた世界の中で、仏教の教えに基づく代案を提示し、実践することだ!」。この写真集は深い所でわれわれのたどるべき魂の道を示しているようだ。

 (緒方修・沖縄大客員教授)
 すどう・よしひと 1976年神奈川県生まれ、宗教哲学者・映像民俗学者(沖縄大教授)。著書に「神の島の死生学―琉球弧に生きる島人の民俗誌」、映像作品(助監督)に「久高オデッセイ 第一部」など。

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