「ようなもの」ではない

 ふらりと飲み屋に来た客が尋ねる。「肴(さかな)は何ができる?」「けんちん、おしたし、鱈昆布(たらこぶ)、鮟鱇(あんこう)のようなもの、鰤(ぶり)にお芋に…」「そいじゃ『ようなもの』を」。落語「居酒屋」の客は、こうやって店の者をからかい続ける▲アンコウに似ているが、そのものではない。気まぐれな酔客なら別だが、「ようなもの」は多くの人が望むまい。政界で方針のようなものが語られ、議論のようなものがあり、防衛費の財源のようなものが固まった▲5年間で防衛費を17兆円ほど上積みする。そのうち3兆5千億円を賄うために、増税することは決まった。いつ始まるかは決まらなかった。岸田文雄首相は年末までにまとめて決めたかったらしいが「拙速」の2文字が際立つ▲「聞かない力」を発揮すれば禍根を残す-と、自民党内から皮肉交じりの声が出るほど、いつになく首相はごり押しの構えだったが、思いのほか増税に異論は強い。先のことはあいまいにするしかなかったらしい▲トップダウンのようなものが裏目に出てしまったが、そもそも、なぜ増税までして防衛費を増やすのか。首相が真正面から国民に語り尽くしたとはいえない▲近頃はあまり客が寄りつかない岸田亭が国民に出すべきなのは、しっかり煮詰めた政策に限る。生煮えでも、「ようなもの」でもない。(徹)


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