「まともに仕事できるはずない」偏見が阻む暴力団の組抜け 地道な支援で実績上げる福岡、成功事例に希望者続く

講演する元暴力団幹部の大田一昭さん=2021年3月、福岡市

 暴力団の活動を厳しく取り締まる暴力団対策法が施行されてから今年で30年。組員の行動を規制し、違反者を摘発できるようにする内容で、組織を離脱する組員は増加の一途をたどる。だが足を洗っても、仕事が見つからずに組織に戻るケースも多い。自治体や警察は離脱者を正業に就かせようと支援するが、実績は低調だ。その中でも、五つの指定暴力団本部がある福岡県はさまざまな施策を打ち出し、多くの就労を実現してきた。その現状を探った。(共同通信=北藤稔道、金森純一郎)

 ▽元組員の就職率4%、大阪は0人

 暴対法は1992年3月に施行された。それ以降、全国の警察は各都道府県の暴力追放運動推進センターと連携し、離脱支援のための協議会を設立した。離脱者を積極的に雇用する「協賛企業」を募り、元組員を受け入れた企業には給付金を出すなどしている。
 しかし、警察庁によると、2012~2021年の10年間で、組を離脱した約5600人のうち、協議会を経由し就職したのは約4%の223人にとどまる。組員が多く住む大阪府ではいまだ0人と成果は上がっていない。元組員を雇う大阪の企業の社長は「元組員は警察に拒否感があり、『就労したい』と相談しづらいのだろう。協議会ではなく、知人などのつてで就職する人が多い」と話す。
 大阪の暴追センターの担当者も「協賛企業を募っても手を挙げる会社は少ない。元組員を雇いたくないのが本音だろう」と打ち明ける。

 ▽社会復帰の壁「元暴5年条項」

 元組員の社会復帰の壁となっているのが、金融機関や不動産業者などが設ける「元暴5年条項」という独自規定だ。犯罪収益の受け渡しに使われたり、活動拠点にされたりする恐れがあるため、組員は預金口座の開設や賃貸住宅の契約ができない。離脱を偽装してすり抜けるのを防ぐため、元組員も離脱後5年間は現役の組員と同じように扱うというものだ。
 だが、口座開設や賃貸契約は通常の生活に欠かせず、この規定が更生を希望する人にとって足かせになっている。離脱を申し出た組員に、組長が「組を辞めてもまともな生活は送れない」などと言って思いとどまらせようとするケースもあるという。

 そのため警察庁は今年2月、元組員の口座開設支援策への取り組みを都道府県警や金融機関に要請した。内容は(1)協賛企業への就労(2)開設時に就労先や暴追センターの職員が同行(3)開設後も警察などが元組員を継続的にフォローアップ―などを条件に、口座開設を認めるよう求めた。支援者からは「画期的だ」との声が上がった。
 だが要請に法的拘束力はなく、口座開設の可否は各金融機関が決める。福岡県内のある協賛企業には、離脱して数年たった今も口座を持てないでいる社員がいる。社長は「警察庁の指示後も、銀行の対応は全く変わっていない」と打ち明ける。

 ▽息子の結婚機に決意

 離脱後も向けられる偏見の目も、社会復帰を妨げる要因の一つ。支援者によると、「まともに仕事ができるはずがない」との偏見はいまだ根強い。
 福岡市出身の元暴力団幹部・大田一昭さん(54)は40代前半のころ、結婚する息子の迷惑になりたくないと、収監されていた刑務所で離脱を決めた。刑務官の勧めで職業訓練校へ。世話好きだったことから介護職を選んだが、実習先や就職先に元組員であることを知られると受け入れを拒まれたという。
 職業訓練校では「ヤクザが威張っていて怖い」と周囲でささやかれ、ようやく決まった就職先でも「働いている振りをして、オレオレ詐欺の準備をしているのか」と嫌みを言われた。職場で金がなくなると「あいつが盗んだに違いない」とうわさされた。入れ墨を隠すため、要介護者の入浴に付きそう際、自分だけ長袖、長ズボンを着用した。
 何度も「裏稼業」に戻ろうとの思いが頭をよぎったという大田さん。「周囲に熱心に話を聞いてくれる人がいたから、安定して仕事が続けられ、幸運だった。私のような離脱者は少数派だろう」と語った。

 ▽雇用企業に72万円、損害には200万円

 障壁がある中、福岡県は元組員の社会復帰で実績を上げてきた。県警によると、2015~2021年に全国最多の計93人の就労を実現した。全国の同期間188人の約半数を占める。
 福岡における元組員の社会復帰支援は、2014年9月に始まった特定危険指定暴力団工藤会(北九州市)への「頂上作戦」で加速した。野村悟総裁らトップを含む構成員の摘発を強化すると同時に、離脱者を増やすことで組織の弱体化を目指した。
 作戦以降、さまざまな離脱・就労支援策を実施してきた。協賛企業を増やし、昨年末現在で392社になった。東京の22社、大阪の34社(いずれも8月末)に比べ突出して多い。元組員を雇用した協賛企業には年間最大72万円の給付金を支給。雇用後、トラブルによる損害が発生すれば最大200万円を支給する。県外でも就職できるようほかの自治体と連携し、入社面接の旅費を助成する制度もある。
 工藤会本部のある北九州市も、元組員の雇用企業を市発注工事の入札で優遇するほか、元組員の資格取得に最大30万円、引っ越しに最大20万円を補助する制度を始めるなど独自に支援している。
 現役時に暴力団捜査に携わった県警OBらで構成する「社会復帰アドバイザー」を設け、離脱や就労を支援する。あるアドバイザーは「組を抜けたいという思いを尊重し、社会に受け入れようという気持ちがあれば彼らの社会復帰は可能。成功事例があれば、続く離脱希望者も出てくる」と話す。

福岡県警本部=12月、福岡市

 ▽専門家「受け皿、全国で拡充を」

 暴対法や各自治体の暴力団排除条例により「しのぎ」(資金獲得活動)はますます難しくなり、組員の数は年々減少している。準構成員を含む組員数は1963年のピークには全国で18万人を超えたが、2021年末に約2万4千人まで減った。しかし、社会復帰ができなければ再び組織に戻ったり、「半グレ」となって罪を犯す事になったりする恐れがある。
 2015年の分裂以降抗争を続けている山口組(神戸市)と神戸山口組(同市)は、いずれも「特定抗争指定暴力団」に指定されている。一定の区域での事務所使用や、5人以上で集まることが禁止されるなど特に制約は強い。一連の抗争では神戸山口組が劣勢にあるとされ、直系組長の引退が相次ぎ、「カタギ」になる人も増えている。

暴力団の離脱問題について話す久留米大の広末登非常勤講師=3月、福岡市

 暴力団離脱問題に詳しい久留米大非常勤講師の広末登さんは「もともと組を辞めたいと思っている人が、組長の引退などを機に辞めるケースも多い。全国で受け皿の拡充が急務だ」と話した。

© 一般社団法人共同通信社