硫黄島戦死者(鹿沼出身)の遺品 アメリカから返還 戦後77年の時を経て

返還された木札と硫黄島で採取された砂

 太平洋戦争末期、小笠原諸島の硫黄島で戦死した栃木県鹿沼市出身の室田盛浩(むろたもりひろ)さん=享年(24)=の遺品の木札が戦後77年の時を経て親族に返還された。アメリカ中西部ミネソタ州の戦争記念館の職員が交流サイト(SNS)上に掲載していた木札の写真を、テキサス州在住の太平洋戦史研究家、ダニエル・キングさん(58)が見つけて遺族への返還を発案。20日、鹿沼市役所で返還式が行われ、めいの瓦井紀子(かわらいのりこ)さん(68)が出席し遺品を受け取った。

 室田さんは1922年、4人兄弟の長男として府所町で生まれ、戦時中は見習士官として従軍し1945年3月17日、硫黄島での日本軍守備隊総攻撃の際に亡くなった。

 木札は縦19.05センチ、横7.6センチ。家族から送られた書籍や正露丸、鉛筆などの支援物資が識別できるようにと荷物にくくりつけられていたとされる。

 市によると、木札は当時、滑走路工事にあたっていた米兵が記念品として持ち帰り、その後、米兵の息子が同戦争記念館に寄贈していた。

 今年9月、佐藤信(さとうしん)市長宛てに、ダニエルさんから木札の写真と「返還したい」旨が記載されたエアメールが届いた。市が木札の情報を基に調べると、室田さんの4歳年下の妹、瓦井光子(かわらいみつこ)さん=享年(96)=が市内に住んでいたことが判明した。

 光子さんの三女の紀子さんと調査を進め、木札が室田さん本人の物と確証が得られたため、ダニエルさんに連絡を取り、ダニエルさんの知人の日本人男性を介して硫黄島で採取した砂などと一緒に市に送ってもらった。

 返還式で佐藤市長から木札を手渡された紀子さんは「尽力していただいた方々の思いに感激しています。『やっと戻ってきた』と母に報告したいです」と感謝し、ダニエルさんからは「ご遺族が見つかり返還できることは大変素晴らしいニュースです」とのコメントが寄せられた。

 

佐藤市長(左)から木札を手渡された瓦井紀子さん

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