城定秀夫(映画監督) - 映画『恋のいばら』クライマックスになった時に本当の人間の感情がちゃんと出ている

原作を意識しすぎないように

――元カノと今カノという関係性は、最も会いたくない相手だと思いますが。

城定秀夫:

桃が会いに行ったのは目的があってですが、普通はそうですよね。

――莉子にしてみればリベンジポルノの対策で自分を利用しようと近づいてきたわけですから、なおさら警戒します。

城定:

おっしゃる通りです。物語としてはサイコパスな部分もあって結構怖いんです。ですが、元の作品『ビヨンド・アワ・ケン』もそんなに重くない作品で、そこは良いところだと思いました。『恋のいばら』ではさらにもう少し軽い感じに見せられないかなと気をつけました。

――観終えて嫌な気持ちが残ることはなかったですが、下手すると刃傷沙汰になるんじゃないかとハラハラしてしました。

城定:

『ビヨンド・アワ・ケン』のケンはもっとどうしようもないヒドイ奴だったのを、今回は同情的に描いているので余計に怖く見えるのかもしれないですね。健太朗はおばあちゃん子という良いところもありますが、女癖が悪いのは事実ですから許してくださいとは言えないですけどね。

――健太朗は誰にでも優しい、人懐っこい人という感じもしますから。

城定:

健太朗の見え方は男女で違うみたいです。最後の健太朗の部屋の美術演出を美術担当の女性にやっていただいたんですけど、僕が想定していたよりも激しかったんです。これでは健太朗が仕事の面も再起不能になると思ったのでそのことを伝えると、「いや、これくらいやらないとダメです。」と言われました。

――(笑)。

城定:

僕も男なので、そこまで再起不能にしなくてもいいのではと思ってしまたんです。ですが「女は怖いんです。」という話をされ、僕との折衷案をとって最終的な形になりました。

――脚本に澤井香織さんを迎えられたのも女性目線を入れたいという事からですか。

城定:

プロデュサーさんに提案されたというのもあるのですが、僕は澤井さんの『愛がなんだ』という作品が凄い好きで、今作と通じているテーマが入っていると感じたのでお願いしました。澤井さんに入っていただけ、物語にさらに深みが出ました。自分だけで書いたら女性目線の部分もそうですが、SNSの空気感など今の子たちの雰囲気が表現できなかったと思います。澤井さんにその空気感を上手く表現していただけました。

――脚本づくりに際し澤井さんとはどのようなお話をされましたか。

城定:

せっかくリメイクするならその意味をだそうと、原作を意識しすぎないようにしました。

――そのままやるのであれば『ビヨンド・アワ・ケン』を観てくださいとなりますからね。

城定:

そうなんです。脚本を作る時に一番大変だったのはそこでした。引っ張られすぎると新たに作る意味がないので逃れる作業が大変でした。澤井さんに最初書いてきていただいた脚本が元の作品に近かったので、「遠慮しない方でください。」という話はしました。

――『恋のいばら』は面白かったのでそんなご苦労があったというのは意外でした。

城定:

そう感じていただけたのであれば嬉しいです。

現場でこういう人なんだということを発見していく

――桃役に松本穂香さん、莉子役に玉城ティナさん、そして健太朗役の渡邊圭祐さん。お三方とも役にバッチリとハマっていまして、キャラクターとのシンクロにも驚きがありました。

城定:

本当にそれぞれの役にピッタリハマってくれましたね。よくみなさんを迎えられたなと思っています。特に渡邊さんが演じた健太朗は嫌な男でもどこか憎めないという雰囲気を出したかったので、最後の最後まで決まりませんでした。口で言うのは簡単ですが、実際に演じるのは難しかったと思います。

――演技力とはまた違う、役者さんが持っている空気感も大事な役ですよね。

城定:

憎めないとはいえ悪い人に観えないといけないという、そのバランスは難しかったと思います。

――松本さん・玉城さんは役に関してそれぞれにお任せした部分も大きかったと伺いましたが。

城定:

役に関してお任せするのは僕のいつものスタンスです。信頼できる役者さんであれば役に入るために一生懸命やっていただけているので、まずそれを見たいというのもあります。違うなと感じた時は多少の交通整理をしますが、用意してもらったものをどう切り取るかという事が監督の役目だと思っています。キャラクターイメージを固めすぎるのもいけないと思っているので、現場でこういう人なんだということを発見していくような形で撮影を進めています。

――その方が自然な雰囲気が出ますね。

城定:

みなさん役にハマっていてキャラクタービジュアルも僕のイメージ通りなので、安心してお任せすることが出来ました。

――松本さん・玉城さんともに不思議な脚本で物語の掴みどころがないと感じられていたそうです。

城定:

そうだったんですか(笑)。何かのジャンルにバチッとハマるような作品ではないので、そう感じられていたのかもしれませんね。

――サスペンスもあり、バディ要素もあり、恋愛ものでもあり、シスターフッドでもある。1本映画とは言えないくらい濃い内容でした。

城定:

色んな要素があるので重くしようと思えばいくらでも重く出来る作品ですが、気軽に観れる作品にしたいなと思いながら制作を進めました。

――暗い気持ちにならずに観終えるころができました。

城定:

良かったです。気軽に観て欲しいとは言っていますが、元カノがリベンジポルノを理由に近づいてくるというのは怖い部分ではありよね。

――物語はもちろん面白いですが、役者のみなさんの表情の捉え方が素敵だなと感じました。

城定:ありがとうございます。

――感情変化に大きな波がある物語ですが、物語の構成はどう気をつけられていたのでしょうか。

城定:

その流れが自然になるように気を付けて撮影を進めました。上手くいったのは演じられた皆さんに頑張っていただけたおかげです。特に桃は最後まで謎を残さないといけない役なので、ミステリアスな部分を考えながら演じていただけているなと感じました。

どんどん愛着が芽生えてきました

――良いところ・悪いところをともに内包していて、そこが人間臭さに繋がっていました。

城定:

みんなそれぞれダメだし、でもハッキリと悪者・良い者にならないというのが人間だと思っています。そこは台本の時にはハッキリとした形になっていませんでしたが、撮影していく中で形になっていきました。物語が進んでクライマックスになった時に本当の人間の感情がちゃんと出ているなと感じましたね。

――城定監督がコメントされていた「みなそれぞれにダメな人間なのですが、僕はそんな彼らが愛おしくてたまりません。」というコメントも素敵でした。映画を観ることでこの言葉の意味も分かったように思います。

城定:

僕も制作を進めるうちにキャラクターにはどんどん愛着が芽生えてきました。だから健太朗にも優しくなってしまったのかもしれないです。

――物語のこの先を想像させる終わり方も素敵でした。

城定:

ありがとうございます。

――現代のおとぎ話のような内容でしたね。

城定:

寓話性は持たせつつ、本当の感情も出していきたいとは考えていました。そういった感情の部分は大事にしています。

――最後まで観ると物語の捉え方も変わりますね。

城定:

最後を知ってから見返してもらうと更に楽しめると思います。

――3人それぞれ違う視点を持っているので、桃・莉子・健太朗それぞれの視点でも見返すことが出来ますね。

城定:

男性の方は健太朗の気持ちになって怖いかもしれないんですね。

――そうですね(笑)。2004年公開の『ビヨンド・アワ・ケン』から20年近く経っていますが、いつの時代に観ても刺さる普遍的な部分があるからこそ、現在の表現を盛り込んでも物語として刺さるという事なんだと思います。

城定:そうですね。この映画でもそこは意識していて、あまり時代性というものを入れないようにはしました。

――本当に多くの人に刺さる作品だと感じています。

城定:

『恋のいばら』は映画好きな人にはもちろん、それほど映画を観ないという方にも楽しんでいただけるものになっていると思います。色んな観方が出来る映画なので、何度も観返して楽しんでほしいです。「恋人通しでは観ないでください。」と言っていますが、実際は“押すな、押すなよ。”みたいなことですから恋人同士でも見て欲しいです。

――女性同士で観るのもアリじゃないですかね。

城定:

そうですね(笑)。友達とも一緒に楽しんでください。

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