失業して離婚した50代男性、母親を頼って実家に帰るも罵られる毎日 頼る人なく絶望、それでもかけた無言電話【東尋坊の現場から】

福井県坂井市にある東尋坊

 昨年9月上旬の午後2時の晴れた昼下がり、東尋坊 (福井県坂井市) をパトロールしていたところ、日本海に浮かぶ雄島が見える芝生公園のベンチに50代の男性が横たわって休んでいました。不審に思ったスタッフが声を掛けると「俺は自殺しに来たんじゃない…! 放っといてくれ…!」と語気を荒げました。トラブルを避けるためにスタッフはその場から離れました。

 そして約2時間後に再びパトロールしたところ、同じ場所になお男性がいたため、再度声を掛けました。迷惑そうに無言で立ち去ろうとする男性。スタッフは私に応援を求め二人で応対し、しぶしぶながら応じてくれた男性に相談所で話を聴くことにしたのです。

 東尋坊に来た本当の理由について重い口を開きました。男性は妻の実家が九州にあり、そこで約16年間漁師として船に乗り働いていました。しかし、漁業の不振が続き会社は閉鎖。失業してしまったのです。このコロナ禍の中、新たな仕事を探したのですが見つからずじまい。生活が苦しくなり銀行で20万円を借りました。夫婦二人とも大酒飲みで、生活費は枯れ酒に酔っては口論が続き、結局一昨年の10月ころに離婚してしまいました。

 男性は実家がある北陸に帰郷。実家では、母親と未婚の兄の二人が年金生活をしていました。そこへ突然、無職の男性が戻ってきたことで生活が苦しくなり、母親から「自分の食い分ぐらい稼いで来い…!」と罵られる毎日でした。男性は徐々に実家には居づらくなってしまいました。実家に戻ってきたものの、そこは漁師町の片田舎。企業も無く、貯金も底をついてしまいました。転居や転職するための資金も無く、離婚したことから将来の夢や希望も無くなり頼る人もいませんでした。約半年間の実家生活に疲れ果て自殺を考えるようになりました。そして田舎から金沢市内まで出て、約150キロメートル離れた福井県の東尋坊を目指して徒歩で三日三晩歩き続けて来ました。私たちが男性に声を掛けたのは、ようやく東尋坊に辿り着いたところだったのです。

 男性は言葉を続けます。「飛び込む場所は見つかったものの観光客が多くいたため飛び込めず、人が居なくなった夜間になってから飛び込むつもりで休んでいました」。所持金は現金712円のみ。持っていたのは船員手帳一通だけでした。

 男性には働く意欲があるものの、就職するには生活する場所が必要。私たちは生活費や衣類を提供して福井市内にあるシェルターに住んでもらうことにしました。体調やメンタルを調整をするために約1ヵ月半、私たちの活動場所である東尋坊まで送り迎えをして、私たちとともに自殺防止のためのパトロールもしてもらいました。

 「自分は自殺を考えて東尋坊へ来たのだから経験上、自殺企図者の気持ちは分かるので一人で自殺企図者を探してきます…」と意欲は十分。毎日パトロールをしてもらった結果、10月14日の夕方、関西地方から自殺を考えて来た49歳の男性を発見。しっかり保護してくれたので、私たちNPO法人から人命救助の功績をたたえ感謝状を授与しました。

 就活の方は、船乗りの経験しか無いためハローワークへ行っても好みの仕事が見つからず難航。しかし、船乗りになるため福井県の敦賀市内にある海運局まで足を運び、ようやく宮城県内にある海苔の養殖事業所が見つかりました。しかも住み込みで働くことができました。

 男性が宮城へ発った後、本人が作ったという海苔の土産物が私たちの元へ届き、再出発は順風満帆に思えました。が、約2ヵ月後の昨年暮れのことです。職場の仲間とトラブルになったと前触れもなく私たちの元に舞い戻ってきてしまったのです。私たちは仕方なく、再び彼をシェルターに入居させて生活費などを提供して再起に向けた支援をすることにしました。

 今年正月の2日のことです。東尋坊の活動も3日まで休みだったことから彼はどうしても母親の声が聞きたくなり、少ししか提供していない生活費から約3時間かけて実家がある田舎まで行きました。しかし敷居が高くて家に入れず、無言の電話を掛けて母親の声だけを聴いて、再び福井のシェルターに戻ってきました。

 男性が再出発を目指して再び行動を始めたことを考えた場合、母親に対する恋慕の念が強くある限り自殺する恐れはないと思われました。ただ生きていくために仕事は必要。再び就活に励むしかありません。その上でハローワークの職業紹介事業を見た場合、一般市民感覚では漁師であれ船員募集であれ、いずれも同じであり漁師としての募集もしていると思って足を運んだのに現実は一般の職業紹介と船員募集とは完全に別枠になっていたのです。職業の選択について、その職種により募集の窓口が違うと言うのは国の担当業務が厚労省と運輸省(海事局)の縦割り行政による弊害であり国民の要望には応えていない税金の無駄遣いではないかと思いました。 何れにしても、今後私たちが保護しているこの男性が再起に向けて歩みだせる職場が見付かる事を願うばかりです。

⇒東尋坊で活動する「心に響く文集・編集局」ってどんなグループ

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 福井県の東尋坊で自殺を図ろうとする人たちを少しでも救おうと活動するNPO法人「心に響く文集・編集局」(茂幸雄代表)によるコラムです。

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