40代の共働き夫婦「乳がんでお金がかかる、でも夫が話し合いに応じてくれない」

「乳がんになり、生活が厳しいので家計を見直したい」

家計の悩みは対応策が見つかれば解決できそうと思われがちですが、がん患者さんの家計相談の場合、夫婦間の家計の方向性をすり合わせしながら進めていかないと、解決が遠のいてしまうことがあります。

がん患者さん専門の家計相談を行う筆者が、夫婦で家計の見直しについて話し合うポイントを解説します。


家計の悩みを打ち明けられずに悩む妻

家計のやりくりに関しては、ご家庭ごとのルールがあります。共働き家庭では「家計は一つにまとめず、別財布で分担しながら管理していた」「夫から1ヵ月分使う分だけ受け取っていた」といったケースは多く、夫の給与明細をみたことがない方もいるほどです。

働くことが可能で収入が維持できている場合は全く問題ありません。しかし、突然がんなど大きな病気になったとき、「治療費は払っていけるのか」「これからどう生活していけばいいのか」「蓄えや保険の給付金で賄えるのか」「子どもの進学費用はどうすれば良いか」と、一気に不安が押し寄せます。

確定診断のための検査から治療方針が決まる時期までは、一日一日があっという間です。医師からの説明を受け、職場への報告、各種手続きなど非日常のことが続く上、日々の家事育児や仕事をこなさなければいけない状況で、家計の不安を抱えながらも「個人的なお金の悩みだから誰にも打ち明けられない」と一人で抱えてしまうことがあります。

夫婦の話し合い無しに固定費の見直しは進まない

以前の記事でもお伝えしましたが、がん治療中には心身への負担が大きくなる食費や光熱費の節約はお勧めできません。

特に、乳がんの場合は進行度や分類(サブタイプ)にもよりますが、年単位で高額療養費の自己負担額を支払うケースや、ホルモン剤などで5年、10年処方代がかかるケースがあります。手術の合併症であるリンパ浮腫や薬の副作用などで今までよりも働きにくくなり、収入が減ることもあります。そのため、人によっては長期間の家計の見通しを立てていく必要があります。

治療費にまわすための支出の見直しで費用対効果が大きいのは固定費です。

例えば通信費や生命保険料、住宅ローンや家賃、動画や購読などのサブスクリプションサービスといった費用は、生活状況や使い方が変わらなくても、契約時から費用が固定されていることが一般的です。変更するには事前に契約内容の確認やプラン・他社比較などが必要となってくるので、慣れていない方にとってはハードルも高くなります。

さらに、家族それぞれの価値観や使い勝手などが影響してくるため、変更するためには夫婦の意向のすり合わせは必須です。家計相談では、住宅ローンや生命保険料などの契約内容を変更することで家計が楽になりそうとわかっても、夫の同意が得られず契約内容を変更できなかったケースがありました。

家族による代理変更も可能な場合もありますが、家計を管理し大変さを痛感している妻が見直ししようと思っても、夫が契約者の場合は夫自身が契約を変更する必要があるのです。

【相談事例】夫婦で話し合いが難しかったAさん

相談者のAさん(40代)は夫婦共働きで、それぞれの給料から家計の分担を決め、お互いで管理されています。

乳がんになり、治療開始後は体力の低下やしびれがあり、仕事を続けることが難しかったため、事務の仕事を休職しました。休職中は健康保険組合から傷病手当金を受け取っています。傷病手当金は給料の約3分の2を受け取れるとは言っても、健康保険料や厚生年金保険料、住民税は支払うため、Aさんは元々の手取り収入よりも月5万円ほど減りました。

まずはAさんの分担の中で見直せる項目は無いか確認してみました。特別大きな金額である住宅ローンやクルマの維持費、生命保険料などは夫が担当し、食費や子どもの習いごと、生活必需品の買い替え費用などを担当していたAさん自身は大きく見直せる項目がありませんでした。

「自分ががんになったせいで迷惑はかけられない。家族には今まで通りの生活をさせてあげたい。まだ私の分の蓄えがあるから切り崩せばなんとか……」 とAさんはおっしゃいました。しかし、今後半年は薬物治療が予定されており、体力も落ちているため復職は時間がかかることが予想されました。

そこで、ご主人にお金のやりくりに関して相談しようとしても、「まだまだお金は大丈夫、いま話すことじゃない」「どうにかなるから」「きみに任せる」と話し合いに応じてくれない状況でした。なぜ夫は話し合いが難しいのかを、Aさんと一緒に考えました。

夫は乳がんの治療が始まってからまだ一度も主治医からの説明を受けたことが無いということがわかりました。都合が悪かったのか、夫自身がまだAさんの現状に向き合えていないのか、本心はわかりませんが、一度主治医からの説明に夫も同席してもらえるよう、調整していくことになりました。

一見、家計の見直しとは関係無いように思えますが、これは治療中の支出の見直しで「はじめの一歩」というべき大変重要な部分です。

実際、夫は妻が乳がんになったことをまだ受け入れられておらず、治療の大変さからは目を背けていたため、治療費や家計の大変さについても共有することが難しかったようです。主治医からの説明後、妻の現状や抱えている不安が理解できた夫は、少しずつ家計の話にも耳を傾けるようになったとのことです。

お金のことは言い出しにくい、けれど夫婦で話し合う大きな理由

「病気になったら協力し合えるのでは?」というイメージもありますが、病気に対しての捉え方や、今までの夫婦関係、家計のルールの積み重ねもあるため、病気になって大変だから、となかなか言い出しにくい方もいます。お金に関しては特にその傾向が強く、Aさんのように家族に心配をかけさせたくない、できれば話し合うことで関係姓が悪くなるのを防ぎたいという思いを抱えている方もいます。

しかし、今までには考えられないほどの収入が減り、医療費がかかっている状況では、夫婦どちらか一人だけでの改善では、根本的な解決が難しいことがあります。お子さんの教育費なども含めた今後の生活設計を全体的に考えていくこと、そして夫婦で財布を一つにし、固定費の中でも金額が多くかかる項目から優先的に見直していくことが、家族全員の生活の安心には必要です。

「いま関係がこじれてまで話し合わなくても、何とかなるんじゃないのか?」「もう少し深刻になってからの方が話しやすいんじゃないのか?」と思うかもしれませんが、本格的に困った時に今と同じ解決策が選べるかはわかりません。物事を変えるためには、【お金】と【時間】が必要なのです。

がん患者さんの相談を専門に行っている筆者の考えとしては、先送りにしてもまた同じように悩むことになりそうであれば、本当に困る前に話し合うことをお勧めしています。

家計の見直しというと、どこをどう見直せばいいかというノウハウが注目されがちですが、見直し実行のための「夫婦間の思いのすり合わせ」が何よりも重要だと実感しています。

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