「行方不明」ではなく

 「行方不明」とは〈九州へ行ったのか北海道へ行ったのかわからない、というばあいに用いることばである〉。中国文学者の高島俊男さんはエッセー集「お言葉ですが…」(文春文庫)で、災害報道で使われる言葉に苦言を並べている▲救助されていない人を「行方不明」と称し、〈ふらりと行方をくらましたように言うのはあんまりだ〉と。これという言い換えもきかず、実に難問です…。伝える側の一人として心で釈明する▲お小言の通り、「行方不明」とはいえない被災の断片を報道で知る。大地震に襲われたシリアで、がれきの下からへその緒がついた女の赤ちゃんが見つかった。崩落したアパートの下で産み落とされたとみられる▲行方知れずではない、震災の現場で誕生した命がある。そばで母親の命は果てていたという。その苦しみも無念も想像を絶するが、聞こえるはずのない母親の声が頭で響く。生きるのよ、必ず生きるのよ▲大地震の発生から1週間たつ。6日間を過ぎて、トルコで8歳の男の子が救出された。助け出された生後20日の赤ん坊の手には、母親のものらしい髪の毛が残っていた▲「死者3万5千人超」の知らせに胸がふさがる。だからだろう、先には苦難も多いと知りながら、がれきの下で見つかった命がひときわ輝いて見える。(徹)

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