盗撮被害、なぜ軽視?一瞬の犯行でも「尊厳傷つけ、苦しみ続く」 新設される見通しの「撮影罪」、抑止効果は期待できるのか

 大阪府警曽根崎署の依頼を受け、デジタルハリウッド大阪本校の学生が制作した盗撮防止を訴えるポスター(同校提供)

 無音のカメラアプリを使いスマートフォンで撮影、テレビ通話中にこっそり録画…。身近な電子機器の発達とともに、盗撮や撮影された画像・動画の拡散による被害が広がっている。警察庁によると、2021年の盗撮事犯の検挙件数は5019件と10年前の2・6倍に増えた。だが識者は「氷山の一角」とし、「撮られるほうが悪い」とする被害軽視の風潮の中で泣き寝入りする人も多いと指摘する。深刻な事態を受け、刑法の性犯罪規定の見直しを検討する法制審議会(法相の諮問機関)の部会は「撮影罪」の新設を求める要綱案をまとめた。法制審は2月17日に法相に答申。政府は今国会への改正案提出を目指す。盗撮行為の抑止効果は期待できるのか。(共同通信=河合晴香、品川絵里)

 ▽犯罪のハードルが低くなっている
 性暴力被害者を支援するNPO法人ぱっぷす(東京)に、ある女子生徒から相談があった。部活動の大会で訪れた施設の更衣室で着替えていた時、盗撮されたという。動画はポルノサイトに掲載されて拡散し、SNS(交流サイト)で教師や友人らにも広がった。「娘さんの動画が回ってきたんだけど…」。母親に他の保護者から連絡があり、女子生徒も盗撮に気付いた。加害者の特定はできておらず、生徒はショックのあまり、しばらく登校できなくなった。

 ぱっぷすの金尻カズナ理事長は、スマートフォンの普及などで盗撮は「手を出しやすく、犯罪のハードルが低くなっている」と話す。拡散によって被害者の心にはさらに深い爪痕が残る。「何人もの知らない人に犯されている気分」。ある女性は、ぱっぷすに苦しみをそう訴えた。

 ▽「撮られる方が悪い」被害軽視に泣き寝入り
 当事者は、被害軽視などの二次被害にも苦しめられ、泣き寝入りが多いとされる。別の相談者は風俗店で働いていた時に、客から盗撮された。店に伝えると「撮られる方が悪い」と言われた。ぱっぷすに相談するまで「自分も悪い」と思い込んでいたという。

 「人権を主張すると、めんどくさいと思われるから、諦めて受け入れちゃうんだろうな」。九州の風俗店で働く30代女性は取材にこう話した。盗撮被害に遭った同僚は多いが、警察に相談した人は知る限りいない。

 ▽自治体によって異なる対象行為と罰則
 盗撮は、都道府県の迷惑防止条例違反などで摘発されてきた。ただ、条例は自治体によって取り締まる行為や罰則が異なる。全国一律の厳しい規制を求める声が上がり、法務省は2022年10月の法制審議会の部会で、刑法に「撮影罪」を新設し、3年以下の拘禁刑、または300万円以下の罰金を科す試案を示した。画像・動画の他人への提供や拡散も処罰対象にする内容だ。2023年2月3日の部会で、改正に向けた要綱案としてまとまった。

 撮影罪新設は抑止につながるのか。長年、性犯罪者の再犯防止教育に携わる精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは、常習化していない加害者には一定の効果があるとみる。だが「相手に気付かれずうまくやればいい」と思う常習犯もいて「厳罰化の影響は未知数」と話した。

 性犯罪の処罰拡大が議論された法制審議会で発言する上川法相(当時)=2021年9月、法務省

 ▽盗撮や拡散は「性暴力」との認識を
 斉藤さんによると、加害者にとって盗撮行為は「対象の女性をモノ化し、都合よく所有しやすいデータとして切り取ること」だという。被害者に直接触れないため当事者意識が欠如し、罪の意識が希薄となる「ローリスク・ハイリターンな犯罪」と指摘した。加害者の多くは、被害者がスカートをはけなくなったり、電車に乗れなくなったりするなど「安全な生活や自尊心を奪われることに気付かない」という。

 ぱっぷす理事長の金尻さんは、撮影罪の新設は被害の深刻さなど盗撮の問題を浮き彫りにする機会になるとみている。意に反した性的な撮影や拡散が「性暴力だという認識をもっと社会に広めるべきだ」と訴える。盗撮動画などが性の対象として消費されてしまう世の中が「変わるきっかけになる」と期待した。

 ▽加害者が低年齢化、授業中にも盗撮

 取材に応じる全国ICTカウンセラー協会の安川雅史代表理事=1月25日、東京都千代田区

 盗撮の加害者が低年齢化していることも問題となっている。未成年のネットトラブルに詳しい全国ICTカウンセラー協会の安川雅史代表理事によると、盗撮する子どもたちは、スマホが身近にある環境で育ち「いたずら半分で、勝手に撮影することのまずさに気が付いていない」と話した。

 安川さんが相談を受けた中学では、女子生徒が修学旅行の宿泊先の浴場で同級生らを盗撮したケースもあった。生徒は「好意を抱いていた男子生徒から頼まれ、断れなかった」と説明したという。

 学校が配布したタブレット端末を使って生徒が授業中に盗撮したケースもあったといい、安川さんは「学校側が使用のリスクを正しく把握し、生徒たちに教える必要がある」と指摘した。

 ▽スポーツ界も悩む性的撮影
 臀部や胸など体の一部分をアップにした写真を無断で撮影され、その画像がみだらな文言とともに雑誌やSNSに掲載される。スポーツ界では、20年以上前から性的な撮影行為に悩まされてきた。性的目的での無断撮影や拡散行為が犯罪として成立する韓国では、2016年の国際大会で日本の女子選手の下半身を狙って撮影していた男性が逮捕、立件された例がある。

 転機が訪れたのは2020年夏。陸上の日本代表経験もある複数の女子選手が声を上げ、日本陸上競技連盟から相談を受けた日本オリンピック委員会(JOC)を中心に被害撲滅に動き出した。

 スポーツ7団体による共同声明が発表され、JOCが設置した窓口に寄せられた情報を基に警察も捜査に乗り出す。監視の目が強化され、全国で逮捕者が相次ぐようになった。京都府警は2021年9月、陸上の大会で女子高校生の尻などをしつこく撮影したとして府迷惑行為等防止条例違反の疑いで会社員の男性を書類送検した。

 JOCなど7団体が発表した、共同声明をデザイン化したボード=2020年11月、文科省

 ▽ユニホームを撮影する行為は除外
 スポーツ界から声が上がったことで、法制審議会の部会でも、アスリートに対する性的な撮影行為が一つの論点となった。

 部会は要綱案で撮影罪を新設する一方、下着が透けるように赤外線カメラを使った場合などを除き、ユニホーム姿の選手を撮影する行為は犯罪として想定されないとし、案から外された。

 部会で委員を務める今井猛嘉法政大教授は、要綱案の撮影罪は、自分の性的な部分や下着などを公開されないことを「性的自己決定権の重要な要素」だと捉えており、その権利を保護することが撮影罪新設の目的だと説明する。

 アスリートに対する撮影は、ユニホーム姿の撮影は犯罪として成立しなくとも、選手の下着を狙って撮影していることが客観的に認定できる場合には成立しうるとみている。

 迷惑撮影防止のため、陸上の大会会場に置かれた「盗撮禁止」の看板=2022年8月、京都市のたけびしスタジアム京都

 ▽「撮影罪」新設提案を高く評価

 上谷さくら弁護士

 盗撮被害に詳しく、「撮影罪」の必要性を訴えてきた上谷さくら弁護士に聞いた。
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 法制審議会の部会がまとめた要綱案に、撮影罪の新設が入ったことは高く評価できる。被害者の立場に立ち、撮影だけでなく、拡散や保管行為、さらに課題とされてきた没収・消去の方法まで網羅した。

 ただ、営利目的で盗撮を繰り返す加害者にとっては効力が弱いだろう。性的画像を公開することで得る収入は、罰金額より高額なケースも多い。被害を防ぐには、より高額な罰金を科す「営利目的影像送信罪」の創設が必要ではないか。要綱案は「ひそかに、人の性的な部位、または人が身に着けている下着のうち、性的部位を直接・間接に覆っている部分」の撮影が罪だとしており、競技中のユニホーム姿などの撮影行為は除外された。アスリートの多くが法律で守られず、非常に残念。今後、被害の重大性を認識してもらうために競技団体が意見書を提出するなどして、働きかけることが必要ではないか。

 盗撮は被害者に触れずに行う「非接触型」の犯行だが、被害者が背負う苦しみは他の性犯罪と変わらない。撮影罪ができても、加害者がその苦しみをすぐに理解できるとは思えず、今後重要なのは、加害行為をさせないための教育だ。

 子ども同士の盗撮も問題となっている今、拡散のリスクなどを学ぶネットリテラシーのほか、被害者の思いを子どもにも伝え、盗撮が人を深く傷つける罪であることを理解させる必要がある。
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 かみたに・さくら 毎日新聞記者を経て2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長。

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