「スマート農業」 次代の担い手確保へ模索 農業生産地・諫早で事例増やせるかが鍵に

スマホでハウス内の環境を確認、機器を操作する佐藤さん。左上は統合環境制御装置の計測盤=諫早市

 色づいたイチゴが鈴なりになっていた。長崎県諫早市長野町のハウス。甘い香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。
 「この年になって、農業が面白いと思うようになりました」。佐藤裕介さん(29)が穏やかに笑った。会社員から転職し本年度、農業地帯の古里でイチゴ栽培を始めた新規就農者だ。
 7棟のハウスを建て、情報通信技術(ICT)などを活用した「スマート農業」を実践する。自動灌水(かんすい)装置もその一つ。設定時刻になると張り巡らせたチューブから水が流れる。「手動でバルブを開閉しようとすれば、1棟に10分が必要。装置のおかげで、70分がほかの作業に使える」
 スマート農業の主力は、県が県内メーカーと開発した統合環境制御装置。光合成を促す二酸化炭素(CO2)発生装置、ハウス内のCO2濃度や湿度、温度を均一にする循環扇などの各制御機器と連動できる。CO2濃度や土中温度、日射量などをスマホで確認し、自宅にいながら操作することが可能だ。
 データや生育状況は交流サイト(SNS)を使い、統合環境制御装置を導入した生産者4人で共有。環境設定の参考にしている。ハウス整備にかかった初期投資は国の補助で半分に抑えることができた。「補助制度、そして足りない経験値を補うスマート農業技術がなかったら就農はしていなかったでしょうね」。佐藤さんは言う。
 県は2021年、「県スマート農業推進方針」を策定。取り組みを進めている。本年度は佐藤さんも利用する統合環境制御装置を無償貸与する事業などを展開、若手農家らに111基が導入された。
 背景には本県農業が直面する現実がある。20年の本県総農家数は2万8289戸と、30年前の1990年から半減。基幹的農業従事者は65歳以上が6割超を占める。農家の減少と高齢化は、県内有数の農業生産地である諫早も例外ではない。県は「次代の担い手がより多くの農地で生産し所得向上を図るためには、データに基づく安定的な収量・品質の向上や省力化が期待できるスマート農業技術を普及、拡大させていくことが重要」と強調する。
 特に施設園芸や畜産で有効と考えられ、何らかのスマート機器を導入した生産者からは▽イチゴの単収が全国平均の3倍▽繁殖牛の分娩(ぶんべん)間隔が45日短縮-などの効果が出ているという。ただ普及が最も進んでいる施設イチゴでも、導入率(県内のイチゴ栽培面積に占める導入面積の比率)は2021年度末で25.6%と途上にある。普及にはスマート農業技術を駆使する人材育成などが課題。農業地帯である諫早で手本となるような事例が増えていくかも鍵となりそうだ。

SAWACHIイメージ図(高知県の資料を基に作成)

 耕地面積率が全国46位とハンディを抱え、スマート農業の先進地として知られる高知県は昨年9月、同県農業産出額の8割を占める園芸を対象に、クラウド型データベースシステム「SAWACHI(サワチ)」の本格運用を始めた。
 ハウス内の温度や日射量などの栽培データ、出荷データなどをオンラインで全県的に集積・分析し、営農指導に反映。栽培管理や県産主要野菜の市況、営農に特化した気象などの情報も配信し、高知県内の希望農家は無料で利用できる。「データの活用で営農指導する側も(効率・効果的に)時間を使える。27年度にはサワチ利用農家を全体の6割、出荷データ提供同意農家を9割にしたい」と担当者。スマート農業を巡る模索が各地で続く。
 佐藤さんには目標がある。生産だけでなく、加工や販売も手がける6次産業化。「実現できれば年間を通じて人を雇用できる」。夢に向かって歩み続ける。


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