美術家・長坂真護に片桐仁が直撃! 全ては貧困から人々を救い、サステナブルな社会のために…

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。2022年10月21日(金)の放送では、上野の森美術館で開催された「長坂真護展」に伺いました。

◆注目の美術家の個展へ…本人が作品を解説

今回の舞台は、東京都台東区にある上野の森美術館。1972年の開館以来、さまざまなジャンルのアートを紹介。定期的に独創的な企画展を開催しています。

今回、片桐は同館にて開催されていた「長坂真護展 Still A "BLACK” STAR Nagasaka Mago Exhibition 『Still A "BLACK” STAR』(以下、長坂真護展)」へ。

案内してくれるのは本展覧会の主人公、現在大きな注目を集めている美術家の長坂真護(ながさか・まご)さん。

1984年、福井県で生まれた長坂さんは、かつてファッションの勉強に励み、海外留学しようとお金を貯めるべく、新宿でホストに。そこで3,000万円稼ぎ、考えが一変。アパレル会社を立ち上げたましたが、1年で1,000万円の負債を負い、路上で画家生活をすることに。

当時の作品のひとつ「Wind Spins」(2012年)は2~3万円程度でしたが、今は5~600万円で取引されているとのこと。なぜ高値で取引されるようになったのか。それはある国との出会いがきっかけでした。

◆美術家・長坂真護が生まれたガーナでの衝撃

作品を前に、片桐が「(「Wind Spins」とは)世界観が全く違うんですけど」と驚いていたのは、「Ghana's son」(2018年)。その額1,500万円。

本作のモチーフとなっているのは、アフリカ・ガーナのアグボグブロシーというスラムで、そこは世界最大の電子機器の墓場と呼ばれ、世界中で排出される6,000万トンもの電子廃棄物の1%、60万トンがここに捨てられていると長坂さん。ここは元来、湿地帯で湖がある場所で、本作の中央部分も湖と見立てて「そこで手を伸ばしている男の子と資本主義の投棄の現実を掛け合わせた作品」と解説します。

2017年、長坂さんは海外で路上画家をしながら現地の衣服を購入し、日本で販売するなどして収入を得ていましたが、ゴミ山の前に立つ子どもの写真を見たことをきっかけに訪れたアフリカ・ガーナで、スラム街の人々と出会い、大きな衝撃を受けます。

彼らは捨てられた電子機器を燃やし、残った銅を売ることで生活しており、本作で使われているのは、その燃え残しのプラスチックのカス。なぜこれを作品としたのか聞いてみると「メッセージ性もあるし、発表すればするほどガーナからゴミが減る。これはすごいサステナブルだと思って」と長坂さん。

そうして作られた作品は、無名ながら1,500万円もの高値がつき、長坂さんは一躍世間に知られるようになりました。以降、彼は作品の売上から生まれた資金でガーナにガスマスクを届け、子どもたちのための学校やスラムの人たちが働けるリサイクル工場などを設立する活動を開始します。

長坂さんは「例えば、片桐さんが握ったことがあるコントローラが投棄されている可能性もある。それはわからない。一度でも慣れ親しんだものがあるのであれば、加担者の可能性もある」と指摘すると、「人ごとじゃないですよね。そういうことを突きつけられるのがこのアートなんですね」と片桐が熟考する一幕も。

次は、今回の展覧会のメインビジュアルとなった「真実の湖Ⅱ」(2019年)。これは「Ghana's son」に続く作品で、モデルも同じ少年・アビドゥーくん。彼の1年後、成長した姿が描かれています。なお、現在アビドゥーくんは学校に通い、絵を描き始めたそう。

本作には今や使わなくなりつつあるガラケーなどが用いられており、なかにはガスマスクのフィルターも。それは実際に現地の人が使用したもので「現実の証拠として使った」と長坂さん。その汚れ具合からも、現地の現状が見て取れます。

「例えば、(作品に使われたものと)同じパーツがここに置いてあっても誰も見向きもしない。でも、こうして作品にすることで"えっ!”となる。それがアートの本質というか、本来持っている働きかけかなと思う」とその理由を語ります。

今回の個展のために制作した最新作もあります。それは「オスマンの家」(2022年)。

これは実際にスラムにある家を再現した作品で、その屋根は知らない企業の名前がプリントされたビニールシートを被せたもの。「こういう家に住んでいるんですか、すごいな…」と思わず片桐は息を呑みます。中にいる少年は"オスマンくん”という男の子がモデルで、彼が絵を描いているところが再現されています。

家の壁は薄くペラペラ。ガーナは1年中夏のような気候なので寒さなどの問題はないものの、長坂さん曰く、時折政府が家を壊しにくるそう。なぜなら無番地に違法に建てられたものだから。政府が定期的に壊しにくるため、どの家もまたすぐに建てられるよう簡易的なものになっているといいます。

ちなみに、長坂さんが建てた学校はその土地に住む酋長の許可を得て設立したものの、それでも2021年7月に壊されてしまいました。現在は屋外で青空教室を行い、子どもたちに英語や算数、環境問題などについても教えているそうです。

◆ガーナから世界へ…その活動は拡大

続いてのコーナーはそれまでとは趣が異なり、片桐が「これはまたサイバーな牛というか…」と目を丸くしていたのは「質量保存の法則」(2020年)。

これは人間が地球上に存在する美しい生態系を破壊しようとしていることを暗喩した作品で「自然に逆らうようなことをし続けると、気づいたら人間も牛もいろいろなものが一緒くたになってしまうのではないか。そうした暗示というか警告を示した彫刻」、「新しい物体になってしまわないようにという意味で作品にした」と長坂さん。

片桐は、なぜ"牛”にフォーカスしたのか尋ねると、長坂さんによるとガーナのスラムには牛が数多く飼育されているものの、その牛が食べているのは近くのマーケットの廃棄物や生活ゴミなど。そして、ゴミを食べ汚染された牛が市場へと流入。長坂さんは「とても悪い循環が起きている」と危惧し、そんな現状を作品へと投影しています。

一方、上にいる人間は労働者ですが、顔はロボットのようになっており、体もツノが生えた異様な姿に。これもまた長坂さんなりの警鐘で、片桐は「何か思ってもどうしたらいいか悩むと思うけど、(長坂)真護さんはアーティストなので、アートとしていかに昇華させていくか。それがどんどん洗練されている」と感心。

そして、作品に使用される廃棄物を拾う場所にも変化が。「向日葵」(2022年)を見た片桐は「これは綺麗な絵ですね。すごく素敵」とうっとりしていましたが、なんとその素材は、全て日本の海に投棄されていたガラス。

長坂さんは本作で、花の中央部分をわざとビール瓶の底のように描いており、「そうすると調和が生まれ、絵の存在が引き立つ」とその意図を説明。また、「いいなと思って足を止めた瞬間に(その作品が)ゴミだったという衝撃、そのコントラストこそ僕が伝えたい深度、メッセージの深さ」と力説。片桐も「とても綺麗ですが、このゴミが日本中、世界中に流れていると考えると、これは実感するアートなんだと思いました」と感慨深そうに語ります。

◆サステナブルで貧困のない未来のために…

続いては、ガーナから送られてきたものを再利用して作られた「ミリーちゃん」(2021年)。これは現在、長坂さんが手がけているアニメのメインキャラクターで、素材は絵の具以外100%リサイクルプラスチック。目や足元も全てガーナのゴミで、髪の毛もVHSのテープを編んで作られています。

長坂さんがなぜアニメーションを始めたかといえば、未来のため。「僕が描き続けても、いつかは亡くなった作家の作品になってしまう。でも、アニメは死んでしまった作家の作品も毎週流れている。それと同じことができるんじゃないかと思って。いわば、"僕が生み出した子ども”ですね」と笑顔で語ります。

ミリーちゃんには、今後のサステナブルな社会への願いが込められているそうで、例えばこれがヒットし、グッズが制作された場合もそれら全てリサイクル素材で作ることで地球に負荷はかかりません。長坂さんは「これはそういった社会を商業の中で作ってみようというチャレンジ」と思いを語ります。

なお、このアニメはスラムから突如生まれたアインシュタインの脳をパソコンで取り込み、天才になったキャラクターの話だそう。

そんなミリーちゃんの背後には、とても大きな作品「藁の革命」(2021年)が。これは長坂さんが普段、瞑想している風景を描いたもので、中央で輝く太陽の前に浮く藁は自分自身。

というのも、長坂さんは常に"宇宙に漂う我 藁なり”と考え、「今にも土に還りそうな藁は、宇宙からしたらちっぽけな存在。どれだけお金があろうが、背が高かろうがどうでも良くなる。いわば、自分の心を平和的にする装置であり絵画」と本作を解説。

なんと、その価格は2億円。長坂さんと同郷の福井県出身のIT企業の社長が購入したそうで、今回はその方から特別にお借りして展示されました。

長坂さんの世界観をたっぷりと体感した片桐は「ガーナに行き、そこで捨てられたプラスチックを見て、アーティストとしてそれをアートにしようと思ったところから、たった4年ですよ。アートの力で世界を救う、大きなことを成し遂げるための第一歩を進み始めている人と会った。やはりアートの力があるんだなと思った」と感想を述べ、「マイナスのエネルギーを、プラスに変えるアートの力、素晴らしい!」と絶賛。そして、世界を大きく変える可能性を持つアートの世界に拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、「相対性理論」

「長坂真護展」の展示作品のなかで、ストーリーに入らなかったもののなかから長坂さんがぜひ見てほしい作品を紹介する「今日のアンコール」。長坂さんが選んだのは「相対性理論」(2022年)。

相対性理論を用いて資本主義を表現したという本作には、右上に富裕国で先進国であるUS(アメリカ)、その対角線上、左下には貧困国で後進国であるアフリカ・ガーナの名前が。「(相対性理論を提唱した)アインシュタインはプラスもマイナスも同じエネルギーと言った。僕のアートがなぜ1,000万円、2,000万円に化けるかというと、彼ら(ガーナの人々)の貧困のエネルギー、マイナス2,000万が、アートで瞬間的に富裕国にまで行く」と本作に込めた思いを吐露。

長坂さん自身、自分の作品が高値で取引されることを最初は不思議に思ったそう。しかし、その理由を考えたときに「これは自分の力ではなく、世の中の相対的な作用が金額を押し上げていることを発見し、表現した」と話します。

また、この作品にはよく見ると右上から左下にかけて透明なパイプが。

「これは世界で初めてお金を稼ぐアート」と長坂さん。なぜならこのパイプは、貯金箱のように来場者がお金を入れることができるような仕様になっているから。

実際、日に日にお金は増えて、そのお金はスラムへと渡る仕組みで「利益を貧困層に返す、これは僕がやろうとしていることの縮図」と長坂さん。片桐もそこに参加すべくお金を投じていました。

最後はミュージアムショップへ。通常、ミュージアムショップではグッズが販売されていますが、今回はこの展覧会のために長坂さんが描いた新作を販売。

例えば、小豆島のビーチクリーニングで得られた廃品を使ったウサギの絵は、68万9,700円。ミニ相対性理論は、35万9,700円で販売。さらには「オスマンの家」に登場したオスマンくんが出てくる絵本「1まいのがようし」なども販売しており、「ゆくゆくはスラムがなくなっていけばということですね」と長坂さんの夢に思いを馳せる片桐でした。

※開館状況は、上野の森美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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