そば屋の女将「首ざむらい」で作家デビュー 福井の由原かのんさん、江戸初期の武士の心描いた怪異譚が新人賞

由原かのんさんの単行本デビュー作「首ざむらい 世にも快奇な江戸物語」(文芸春秋)
夫婦で営むそば店の小上がり席が〝書斎〟。「心優しい生首を登場させる遊び心で面白さを追求した」と語る由原かのんさん=福井県福井市内

 江戸時代初期、飛んだり跳ねたり言葉を発したりする「生首」と旅をするはめになった若い男。“2人”の行く手に待ち受けるものは―。文芸春秋の第99回オール読物新人賞を受賞したおどろおどろしくも、人情味あふれる怪異譚「首ざむらい 世にも快奇な江戸物語」が単行本化された。作者は由原(よしはら)かのんさん(62)=福井県福井市。夫婦でそば店を営む傍ら50代でペンを執り、本作でデビューを果たした遅咲きの歴史小説家だ。

 関ケ原の合戦後、石田三成方の大名だった主家が改易となったため浪々の身となり、病死した父を持つ20歳の小平太が主人公。母と共に江戸の湯屋に身を寄せた小平太はある日、大坂の叔父を江戸に連れ戻すよう母に懇願される。夏の陣を控え、きな臭さを増す大坂。叔父が戦に巻き込まれるのを案じてのことだった。

 大坂に向け、甲州街道から中山道へと歩を進める小平太。道中、あろうことか生きた生首と遭遇する。まげを結った生首は「斎之助(ときのすけ)」と名乗り、膨らんだり縮んだり、かみついたり笑ったり。おののく小平太と人懐こく意思疎通を図り、旅を共にし友情を育む。武士の血を引くものの太平の世に育ち、戦を知らない2人の行く先に、大坂夏の陣の動乱が待ち受ける。

 由原さんは東京生まれ、埼玉育ち。中高生の頃はNHKの人形劇「新八犬伝」や大河ドラマ「勝海舟」「花神」に夢中になり、山本周五郎や司馬遼太郎を読みふけった。2000年に福井のそば店に嫁ぐと、夫と一緒に旧街道を歩くのが定休日の楽しみになった。

 長年温めてきた作家になる夢を具体的な目標に据えたのは53歳だった13年。そば店の客足が途切れる午後3時からの2時間、小上がり席にパソコンを持ち込み、日々執筆に打ち込んだ。さばえ近松文学賞に応募。入賞は逃すも最終選考に残り、翌14年に優秀賞を受賞した。高みを目指して挑んだのがオール読物新人賞。2回目の応募となった19年に受賞し、今回の単行本デビューにつなげた。

 江戸初期という時代設定にはこだわりがある。「少し前は戦国時代だが、主人公は徳川の世に育ち、戦を経験していない。社会の状況が戦後生まれの自分と重なった」からだ。

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 武士としてのアイデンティティーをどこに見いだすか。太平を切り裂く大坂の陣を前に、ざわつく主人公の心。難しいテーマを、生首という非現実の存在を介在させることで「面白く読んでもらう実験を試みた」という。

 単行本には近作の短編3作も収録。いずれも舞台は江戸初期だ。文芸春秋刊。302ページ、1980円。

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