伝統野菜の復活も支えたジーンバンクが廃止 1万8500点のタネはどうなる? 有機農家らの要望は? 専門家からのアドバイスは?

「ジーンバンク」って、ご存知でしょうか? ジーンバンクとは、簡単に言うと「遺伝子銀行」。生物の多様性を確保して、農産物の品種改良や医薬品として活用するために遺伝資源を探して集めて、管理して、保存・供給するところです。

国が運営する農研機構のほかに、都道府県で運営しているのは、全国に少なくとも7か所。広島県にはその中でもかなり古くから大規模な農業ジーンバンクがあります。

ところが、その広島県の農業ジーンバンクは、今月末での廃止が決まっています。食糧自給の問題や遺伝資源の囲い込みが進む中、本当に廃止してしまっていいものなのか? 今後、タネはどうなるのか? 今、さまざまな声が集まっています。

広島市東区矢賀で今は2軒の農家が育てている「矢賀ちしゃ」。細かい縮れが多く、横に広がって育つのが特徴です。

農業 飯田澄雄 さん
「食べたら割と苦みがある野菜なんです」

昔からこの地域で作られていましたが、いったんは栽培が途絶えていたものを、20年前、県の農業ジーンバンクからタネを取り寄せ、復活させました。

実はそのタネは、飯田さんの妻の父が預けていたもので、飯田さんは、それ以降、タネ採りを続けています。

農業 飯田澄雄さん
「矢賀でタネを採って、矢賀で作って、初めて本物の矢賀ちしゃが残るんじゃないかという気持ちじゃね」

今月末で廃止が決まっている「広島県農業ジーンバンク」。

今は、広島県森林整備・農業振興財団が運営していて、イネやムギ、野菜などのタネおよそ1万8500点を保管しています。

研究機関にだけでなく、農業者にも無料で種を貸し出すという、全国的にも珍しい存在でした。

矢賀ちしゃや青大きゅうりといった県内の在来種などが「広島お宝野菜」として復活し、特産化したこともありました。

広島県森林整備・農業振興財団 研究機関担当課 松浦健吉 さん
「こういう作物やったら、広島県内でも十分よくできて、味もけっこういいから普及するんじゃないかなというところで、『お宝野菜』と」

農業ジーンバンクは、今から34年前、広島県独自の新品種を開発しようと、県主導で設立されました。全国に先駆けた取り組みで、タネは、国内の大学など研究機関から取り寄せるだけでなく、県内の農家からも普及員がローラー作戦で収集しました。

広島県森林整備・農業振興財団 池田浩二 理事長
「タネを集めた方々、今まで維持されてきた方々のね、努力に対して敬意しかない。もうすごいなと」

この取り組みは、国際的にも高く評価されてきたといいます。

龍谷大学 経済学部 西川芳昭 教授
「今でこそ、こういう市民と公的機関または企業との連携っていうのはよく言われますけれども、30年前にそれを実現させていたっていうのは、FAO(国連食糧農業機関)等の国際機関にも注目されている事例だったので、それが、このますます世界的に重要視されているときに廃止っていうのは、ちょっと言葉が悪いですけれども、非常に『愚の骨頂』というか、なんという愚かなことをするんだろうとわたし自身は思っていますけれども」

今月末に廃止となった理由は、主に2つ。利用の低迷と施設の老朽化です。

集めた遺伝資源を活用した新品種の開発は予算的にも技術的にも難しくなり、10年前からは研究機関へのタネの配布もなくなりました。農家数の減少とともに「生産者への貸し出しも減った」としています。

広島県 農林水産局 農林水産総務課 和久井淳一 課長
「今、利用されているのが、年間20人くらい。在来品種で飯を食っている人っていうのは、自分でタネ採りをして、自分で合うように、生産方法から何から全部、自分でやれる方々です」

一方で、冷蔵庫などの設備は老朽化しています。

広島県森林整備・農業振興財団 池田浩二 理事長
「今のままだと、いつ(冷蔵庫が)ポンと止まって、(タネが)腐っちゃうかもしれませんのでね。で、そうならないうちに大事な、大事なタネですから、どうしても生きたままで将来に(つなげたい)。今、使う人は少ないかもしれないけど、10年後・20年後・100年後にもしかしたらうちのタネの中から『これが、広島県を、日本を救うタネだ!』みたいなのが出るかもしれないので」

冷蔵設備を全て更新するには、およそ2400万円かかるそうですが、それをまかなうあてはありません。

広島県森林整備・農業振興財団 池田浩二 理事長
「もうカツカツですよね。財源が特にあるわけじゃないので。基金の運用益で昔はできたんですよ。だけど、今は切り崩して、切り崩してもう…、正直、食い込んでいますよ。だから続けようがないというのが、1つの現実ですよね」

この「廃止」の判断に、ジーンバンクを利用してきた農家などは反発。1万3000筆を超える署名を集め、県に対して財政支援などを要望してきました。

広島県農業ジーンバンクを守る会 森昭暢 共同代表
「わたしたち『広島県農業ジーンバンクを守る会』では、ジーンバンクの存続と、廃棄する種子の再考を求めています」

森さんは、自分の農園で在来種の野菜を育て、タネ採りまで行っていますが、ジーンバンクが身近にあることが利用のしやすさにつながると考えています。

広島県農業ジーンバンクを守る会 森昭暢 共同代表
「今あるタネっていうのは、数千年前から引き継がれてきたものなので、極めて公共性が高くて、絶対、未来に引き継がないといけないものです。なので、しっかり県の直下の機関とかで管理していただいて、みんなが利用しやすい形で守っていただければいいと思っています」

広島県で保管されてきたタネのうち、国のジーンバンクになかったおよそ6000点は移管されることになり、すでに保存されていた残り1万2000点余りのタネは、今後、活用方法が検討されることになりました。

広島県 農林水産局農林水産総務課 和久井淳一 課長
「譲渡を行わない種子については、直ちに廃棄するということではなくて、利用者のみなさんや市や町の関係者のご意見もうかがいながら、活用方法を検討してまいりたいと…」

国の施設に移管された後も農業者の利用は可能で、5年間は送料さえ免除されるということですが、専門家は地域単位で管理する重要性を指摘します。

龍谷大学 経済学部 西川芳昭 教授
「作物の場合は、やはりそれぞれの地域で栽培され続けていることが重要なので、つくばから取り寄せられるからっていうのだけでは、せまい意味での実験室の科学だったら、それでいいんですけれど、広島県の在来のタネが、広島県の中で研究者だけではなくって、農家の人たち、それからさらには消費者も含めた市民が関わって保存していくことの大切さっていうのは、作物の本質として重要な部分だというふうにわたしは考えています」

今、保存されている1万8500点のタネが今後、どうなるかというのは、国のジーンバンクに移管されたり、希望者への配布も含めて今後、検討されるということです。また、酒米など県内で活用する135点については、県の農業技術センターに残します。

ただ、単純に今あるタネの行く末だけではなくて、タネを取り巻く仕組みを今後、どうするかということの方が重要だと、専門家はみています。

龍谷大学の西川教授によりますと、今ある点数から扱いやすい数百点くらいまでに絞ってでも、利用しやすい体制を作って管理していくことが望ましいと話していました。

© 株式会社中国放送