春の彼岸は

 一休禅師によく知られた歌がある。〈死にはせぬ どこへも行かぬここに居る たづねはするな ものは云(い)はぬぞ〉。死に臨んで詠んだという。いつだってそばにいるさ、何か尋ねられても返事はしないけど…▲死を恐れることはない、という達観が底にはあるに違いないが、どうも信心の足りない身には「大丈夫、いつも見守っているからね」という優しいささやきに思える。きょうは彼岸の中日、香華(こうげ)を供えつつ、春の空から降る声を聞く人もいるだろう▲入試が終わり、卒業式は続き、入学や就職の時がそこまで来ている。だからなのか、春の彼岸はしんみりとした秋とはいくらか違った趣がある▲やっと終わったよ、これからも優しく見守ってね。わが身、わが子、わが孫、親しい人が迎えた節目や区切りを報告し、「ありがとう」の一語を添えるお参りもある▲うれしい報告ができればいいが、誰でもそうとは限らない。亡き人の前で再起を期する報告もあるだろう。終わりや節目を告げ、始まりを告げ、奮起を誓う。春という季節をよく表す一日かもしれない▲〈稽古して走る風なし稽古して咲く花あらぬうれへず生きむ〉伊藤一彦。風も花も稽古を積んで季節を運ぶわけじゃない、心配しなくてもなるようになる。スタートを促す声に耳をすますのもいい。(徹)

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