未発表作品「影に対して」「善人たち」 文学館に評価も人員に課題<遠藤周作生誕100年④>

遠藤の死後に文学館で原稿が見つかり、刊行された「影に対して」(右)と「善人たち」

 遠藤周作(1923~96年)の死去後初となる未発表小説の原稿が、長崎市遠藤周作文学館(同市東出津町)で見つかったことが2020年6月、全国に大きく報じられた。タイトルは「影に対して」。亡くなった母の生き方に強い影響を受ける男を主人公にした自伝的中編小説だった。同11月「影に対して 母をめぐる物語」(新潮社)が刊行。生誕100年の今月、文庫版が発売された。

 遠藤は10歳で両親が離婚し母と兵庫県で暮らすが、大学進学のため東京に住む父の元に移る。同作の主人公は両親の離婚後、父と暮らすが母は病で亡くなり「母を見捨てた」と後悔の念を募らす-。未発表の理由には諸説あるが、自身の体験に根差した遠藤作品の重要テーマの一つである「母」と密接に関わる作品の発見だった。
 1年半後の2021年12月、今度は未発表戯曲の原稿が見つかった。遠藤のもう一つの重要テーマである「神」を題材とした「善人たち」などの3作品。翌年春に全てを収載した「善人たち」(同)が刊行された。

 00年開館した文学館は、遠藤家から約3万点の遺品や原稿、蔵書などの寄託・寄贈を受けた。「影に対して」は企画展の準備過程で、学芸員が所蔵資料の中から草稿と清書原稿を発見。これを受け、資料の中で未調査だった原稿を調べた結果、戯曲3作品が見つかった。
 遠藤の研究者でつくる「遠藤周作学会」代表でノートルダム清心女子大(岡山市)の山根道公(みちひろ)教授(62)は「長崎に遠藤個人の文学館があり、時間をかけながらでも資料を整理していたからこそ発見できた。研究者として感謝したい」と評価。「未発表作が見つかっても知名度、ニュース価値がないと大きな話題にはならない。遠藤作品が読み継がれ注目されている表れだ」と語る。
 ただ、資料が膨大だとはいえ、開館後20年たっての新発見は、時間がかかりすぎではないかという見方もあった。同館の学芸員は現在2人。遠藤の弟子で、館の運営に助言する文学館東京委員会のメンバーである作家の加藤宗哉さん(77)は「あの資料の規模では人員が少ない」と課題を指摘する。
 角力(すもう)灘を見下ろす高台に建つ文学館。計画時から関わる加藤さんは「建物が真西に向かって建っているのには、西洋文化を消化し完成した遠藤文学を欧州へ向けて再発信したいという意図がある」と明かす。遠藤は戦後初のカトリック留学生としてフランスで文学を学び、やがて独自のキリスト教文学で世界から注目されるようになった。「遠藤文学を21世紀にも発信することが文学館の役割。先生も喜ぶと思う」。加藤さんは強調する。


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