「難民鎖国」と批判されてきた日本、汚名返上なるか 政府が初めて作った難民認定基準を見ると、保護の範囲を拡大するようにも読めるが…

 法務省・出入国在留管理庁が、難民認定の基準となる文書を初めて策定した。難民に対する迫害の解説を追加するなど、これまでの内部資料の記述や裁判での国の主張より、保護の範囲を拡大する内容だ。欧米諸国に比べ桁違いに認定が少なく、「難民鎖国」と非難される日本の現状は、是正されるか。(共同通信編集委員=原真)

同性愛を理由に国に難民認定を命じた判決を受け、記者会見するウガンダ人の女性=3月、大阪市

 ▽同性愛者を保護対象に明記
 「難民該当性判断の手引」と題した文書は、A4判約30ページ。難民条約で規定されている難民の定義を具体的に説明し、難民かどうかを判断するポイントを整理した、とうたっている。
 条約によれば、難民とは以下の人を指す。
①人種
②宗教
③国籍
④特定の社会的集団の構成員であること
⑤政治的意見
―を理由に、迫害を受ける恐れがあるため、母国の外にいる人。
 この条約の定義が、手引にどう記述されているかを見ていこう。
 まず、「迫害の理由」④にある「特定の社会的集団」。手引には、母国の政権と敵対する一族などのほか、中東やアフリカで罪とされる同性愛や性同一性障害の当事者、一部の国で因習として残る女性器切除(女子割礼)を受ける危険のある人も、対象になると明記している。
 法務省が2011年に編集した内部資料には、性的少数者らが「特定の社会的集団」に当たるかどうかは「各国の解釈権限に委ねられる」と書かれ、否定的な裁判例が紹介されていた。だが、入管庁はその後、少数ながら、同性愛や女性器切除で難民と認定している。今回、手引に記載することで、それらを追認した形だ。

法務省、中央合同庁舎6号館A棟=2017年、、東京都千代田区

▽「その他の人権侵害」も
 また、入管庁の手引は、「迫害」の解釈も拡大している。国はこれまでの裁判で、迫害とは主に「生命、身体の自由の侵害、抑圧」だと主張してきた。手引は、それに「その他の人権の重大な侵害」を加えた。
 「その他の人権の重大な侵害」は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の「難民認定基準ハンドブック」からの引用だ。この追加によって、拷問や逮捕に限らず、生計手段や教育の剝奪、深刻な差別なども、迫害とみなされるようになる可能性がある。

 

 ▽個別把握に矛盾
 さらに手引は、「迫害の恐れ」についても、こんな指摘をしている。
迫害の恐れの有無を考慮する際、難民認定申請者が母国政府などから個別に把握されておらず、反政府活動の指導的な立場になくても、迫害されることはあり得る―。
 斎藤健法相も記者会見で、これを補足するような発言をした。「申請者が迫害主体から個別に存在を把握され、狙われていなければ、難民として認定されない、といった誤解が見受けられるが、手引では、そのような判断はしない旨を記載している」
 こうした内容の手引が現場で使われ始めたら、認定される人の数は増えるだろう、と思える。でも、どうなるかは不透明だ。なぜなら入管庁は、厳格すぎると批判され続けてきた従来の認定審査も、適正だったとの立場だからだ。
 入管庁難民認定室も、こう強調している。「手引は実務の先例や裁判例を体系化した。難民の定義を広げるものではない」
 それだけではない。例えば、難民条約の迫害の理由⑤の「政治的意見」に関して手引は、「迫害の恐れ」があるというためには、申請者が政治的意見を持つと母国政府などに認知されている必要がある、とも記している。先に挙げた、個別把握されている必要はない、との指摘と矛盾していると言わざるを得ない。
 入管庁はこれまで、難民申請を退ける場合、①~⑤の「迫害の理由」に当てはまらないからではなく、「迫害の恐れ」がないと判断したケースが多かった。特に、母国の政府から個別に把握されていない人や、反政府デモのリーダーではなく一参加者に過ぎないような人は、「迫害の恐れ」を否定されたケースが目立つ。
 手引ができたことで、「迫害の恐れ」が以前より肯定されるようになるかどうかは、結局は入管庁の判断次第だ。

記者会見する斎藤健法相=3月

 ▽手続き規定なし
 手引の問題点は、他にもある。難民認定手続きについての規定が書かれていないことには、難民支援者らから批判が相次いでいる。
 手引が参考にしたUNHCRのハンドブックは、こう強調している。
 国外に証拠を持ち出すのが難しい難民の事情に配慮して、難民申請者の証言が信頼できるときは、証拠がなくても、「疑わしきは申請者の利益に」という手続きの原則を適用するべきだ―。
 しかし、入管庁の従来の実務では、申請者に物的証拠を求め、提出できなければ認定しないことが少なくなかった。UNHCRのハンドブックのような手続き規定がない以上、証言や証拠の信頼性について、入管庁はこれまでと同様、厳しい評価をするのではないか。
 難民認定に詳しい弁護士は、送還されれば命の危険がある難民を正しく認定するため、UNHCRのハンドブックと同じ手続き規定を手引に追加するよう求めている。

 

 ▽法改正後押しの狙い
 ここまで「難民該当性判断の手引」の内容を見てきたが、結局、今までより難民が認定されやすくなるかどうかは、入管庁のさじ加減にかかっている。
 手引が公表されたのは3月24日。なぜ、この時期だったのか。その狙いは、難民認定を改善する姿勢を示すことで、今国会で成立を目指す入管難民法改正案を後押しすることにある。
 実は、法務省の有識者会議は2014年、難民審査への批判に配慮して、難民該当性の判断基準を明確化するよう提言していた。
 ところが政府は、この〝宿題〟を放置したまま、2021年に入管難民法改正案を提出。難民申請中は強制送還されないとの規定が乱用されているとして、申請を3回以上繰り返した場合は送還できるようにする条文を設けた。
 しかし、国会で審議入りする前に、名古屋出入国在留管理局に収容中のスリランカ人ウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=が死亡した。入管行政への批判が強まり、改正案は廃案に追い込まれた。
 そして、政府は今年3月7日、ほぼ同様の法案を国会に再提出した。今回は、長年の〝宿題〟をこなした上で、法案審議に臨みたい思惑が透ける。

 

難民該当性判断の手引

▽認定増えても厚い壁
入管庁は「難民該当性判断の手引」と同日に、2022年の難民認定者数も発表、過去最多の202人を保護したことを明らかにした。これとは別に、ロシアによる侵攻を逃れたウクライナ避難民も2300人以上、日本へ受け入れており、難民鎖国から開国へ政策を転換しつつあるようにも見える。
 だが、認定者の半数以上は、アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンが復権した後、政府が日本へ避難させた在カブール日本大使館の現地職員とその家族という、極めて特殊なケースだ。
 アフガン以外の国の出身者は、軍事クーデターで民主派や少数民族への弾圧が続くミャンマーでさえ、認定は26人だけで、不認定が1941人。認定率は1・3%にとどまる。ミャンマー人に限っては、残る大多数も人道的配慮による在留特別許可を得られたものの、難民認定の壁は厚いままだ。
 ウクライナ避難民は、難民と認定しなくても生活費を支給するなど、外交的配慮から特別に厚遇している。不公平にならないよう、同様の処遇を他国の難民や難民申請者にも広げるべきではないか。

 

阿部浩己・明治学院大教授

 ▽国際協力違反を是正の方向  
 「難民該当性判断の手引」について、阿部浩己・明治学院大教授に聞いた。阿部教授は国際人権法が専門で、難民審査の〝二審〟に関わる「難民審査参与員」を務めた経験があり、入管庁の実務にも詳しい。
 阿部教授は、手引で評価できるポイントを次のように説明する。
「UNHCRや各国の認定基準を取り入れており、従来の実務とかなり異なるところがある。日本の難民認定は厳格過ぎて、各国が分担して難民を受け入れるという難民条約の国際協力義務に反してきたが、それを是正する方向だ」
 ただし、「手引によって、日本の難民認定が直ちに改善されるとは言えない」とも指摘する。
 例えば手引は、迫害の恐れを「現実的な危険」の存否で判断するとしているが、具体的に何を指すのかは書いていないからだ。「各国が採用している基準は、間違っても難民を迫害国に送り返してはならないとの考えから、ハードルが非常に低いが、手引はどの程度を想定しているのか、はっきりしない」と阿部教授。
 また、難民認定申請者の証言の信ぴょう性評価など、事実認定の手続きの在り方が手引に入っていない点も、問題点として挙げた。「出身国に関する情報を拡充するとともに、こちらも明示して初めて、実務が変わるのではないか」と阿部教授は話している。

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