<書評>『おもろさうし選詳解』 復帰とともに歩んだ研究

 『おもろさうし』は神事にうたわれるものを中心に、琉球王朝に歌い継がれてきた歌謡集である。特異な言葉、表現故内容が理解されにくく、琉球の万葉集などと呼ばれたりしたが、理解されるに従って、王朝内部に伝えられてきたものであることが明らかになった。その研究が大きく展開するのは小野重郎の「分離解読法」と呼ばれる、おもろの歌詞を、いわば事柄や祭事を叙述する「連続部」と、修飾辞的な「反復部」に分離し、「連続部」をつなげることによって、叙述を理解することを可能にしたことが大きい。この論文は沖縄の日本復帰の1972年に発表されたが、この年には岩波書店「日本思想大系」の1冊として、戦後の日本古代文学の研究を大きく変えた西郷信綱の解説「おもろさうしの世界」を付して、『おもろさうし』が出されている。

 『おもろさうし』研究は沖縄の日本復帰とともに展開してきた。本書の著者島村幸一は琉球大学で池宮正治に師事したが、池宮は復帰以前早稲田大学に留学し、日本の古代文学を学んだ後、帰沖して仲宗根政善のおもろ研究会に参加し新しい読みを追求している。島村は池宮に連れられその研究会に参加し鍛えられたが、当時琉大には大学院がなく、外間守善のいる法政大学に進学した。そして東京で『万葉集』など古代文学研究に沖縄の古謡などを抱えることで新風をもたらした若手の研究者たちが始めていた「おもろ研究会」に誘われ、東京におもろの先端の研究をもたらすと同時に、古代文学の新しい読み、研究の方法に触れることになった。『おもろさうし選詳解』はその最先端の成果に立ち、さらに展開している。

 しかし本書は単なる『おもろさうし』の注釈書ではない。『おもろさうし』の全体像を理解できるように63首が選ばれ、一首一首に内容を示す題を付す。そして語釈だけでなく、歌型や表現などの解説がつき、さらに注までついて詳述されるだけでなく、本書の読みを読者自らが確かめ学ぶことも可能にしている。本書は復帰とともに歩んできた島村のおもろ研究の輝きがある。

(古橋信孝・武蔵大名誉教授)
 しまむら・こういち 1954年生まれ、立正大教授。著書・編書に「琉球船漂着者の『聞書』世界 『大島筆記』翻刻と研究」「『おもろさうし』と琉球文学」など。

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