コロナ後遺症「終わった宿題を繰り返しやってしまう」、子どもでも記憶障害や倦怠感 長引けば受験や就職に影響する恐れ

割り算をする男児。記憶障害が出た時には終わった宿題を再び探すこともあった=4月

 関東に住む小学4年の男児(9)は2022年4月、発熱や喉の痛み、咳といった症状を訴えた。親が自宅に常備していた抗原検査キットを使ったところ「陽性」に。すぐにかかりつけの小児科医に連絡、新型コロナウイルス感染症と診断された。2、3日は39度の高熱が出たものの、軽症で済んだ。
 ところがしばらくしてから、変わった行動を取るようになる。既に終わらせた学校の宿題を、再びやってしまうのだ。宿題を済ませたことを忘れ、何度も繰り返す。母親は記憶障害「ブレインフォグ(脳の霧)」を疑った。
 コロナに感染後、ある程度回復しても長引く症状、いわゆる「後遺症」(罹患後症状)の存在が社会問題になっている。正確な人数は公的に把握されていないものの、大人も含めてかなり多くの人が後遺症のために日常生活で不自由な思いをしているとみられる。中には職場復帰できず、仕事を辞めざるを得ない人もいる。
 大人に比べて発症割合は低いものの、子どもでもそうした症状を訴えるケースがあることが国内外の研究で少しずつ分かってきた。症状に悩む子どもの中には、周囲の気づきや理解を得るのに苦労している人も。学齢期の子どもにとっては、進学や受験、就職といった節目をうまく乗り越えられなくなる恐れがある。患者を診てきた専門家らはこう呼びかけている。「気になる症状があれば、かかりつけ医に相談を」(共同通信=村川実由紀)

 

空を見上げる男児。症状はほとんどみられなくなった=4月

 ▽「前にできていたことが、できない」
 男児は高熱が下がった後も、痰が出るなど喉の症状はしばらく続いた。家族が感染したこともあり、学校は長めに休んだ。登校を再開したのは発症のおよそ2週間後。ただ、すぐに支障が出たという。ランドセルを置いて手を洗うといった、毎日のルーティーンがうまくこなせない。

 「前にできていたことができなくて、忘れ物が多くて困った」
 頭痛も頻発した。同じ事を何度も母親に話してしまう。時間をかけて苦労して完成させた割り算の宿題を「やっていないんだった」と再び探すこともあった。
 母親は当初、新学期でペースを崩しているだけだと思っていた。しかし、「これはちょっと様子がおかしい」と疑うようになった。大人の後遺症として話題になっていた、記憶力や集中力が低下する「ブレインフォグ」かもしれない。5月中旬にかかりつけ医に相談。地域で一番大きい子どもの専門病院で検査することになった。
 MRI検査では問題は見つからなかった。それでも医師からは「コロナに感染した影響ではないか」と指摘された。
 薬を飲むなどの治療は行わなかったが、その後、日がたつにつれて症状は改善していった。約1年が経過した現在は、「たまに忘れ物をすることはある」が、症状はほとんど気にならなくなったという。記憶があいまいだった時期に苦労した点は、いろいろ忘れてしまうのに、学校などで周囲の理解がなかなか得られなかったこと。「長い時間に感じた。もうコロナにかかるのは怖い」

 

 ▽1カ月後も「後遺症」、3・9%の子に
 一般に「後遺症」と呼ばれる症状でも、新型コロナウイルス感染の影響だと断定するのは難しい。この男児も「感染の影響が疑われる」症例となっている。ただ、感染後にさまざまな症状が長引くケースがあることは、日本小児科学会の研究チームのデータ分析でも最近、分かってきた。
 【一部は論文として発表している】
https://journals.lww.com/pidj/Fulltext/2023/03000/Acute_and_Postacute_Clinical_Characteristics_of.13.aspx

 4月中旬、東京都内で開催された日本小児科学会の学術集会で新たなデータが発表された。2020年2月~23年4月11日に、学会のデータベースに小児科医らから任意で感染が報告された、15歳以下を中心とする20歳未満の4606人を分析したところ、感染から1カ月以上たっても「後遺症」が残っていたのは3・9%の181人だった。
 その主な症状は、多い順に発熱(30・4%)、せき(29・8%)、嗅覚障害(約17・7%)、倦怠感(約16・6%)、味覚障害(14・9%)など―。他に腹痛や頭痛、下痢、おう吐なども報告された。数は少ないが筋肉痛、意識の障害や胸の痛み、うつ状態といった症例もあった。
 分析に関わった聖マリアンナ医科大学の勝田友博准教授(小児感染症学)はこう話す。

聖マリアンナ医科大学の勝田友博准教授(小児感染症学)

 「大人と比べるとまれではありますが、長く続く症状は存在します。受験前などで心配している保護者から相談を受けることもしばしばあります」
 ただ、後遺症といっても定義や呼び方には諸説ある。今回は1カ月以上たっても続く症状を対象とし、他の病気の影響が明らかなケースは除外した。
 大人では、別の研究でコロナ感染者の3~4人に1人、半年後に後遺症の可能性がある症状があったと報告されている。子どもについてはそれほどの頻度ではないものの、特に幼い子どもの場合、うまく自分の症状を伝えられていない可能性があることにも留意しないといけない。重症度が高い子どもも診ている小児科医らから集めたデータなので、実際よりも割合が高くなっている可能性もある。嗅覚や味覚の障害は、オミクロン株が広がった2022年以降は発症する割合が減った。
 勝田医師によると、症状が続いたことで入院したり、学校や保育園などを休んだりした子どももいたという。「半年後までに良くなることが多いが、気になる症状があれば気軽にかかりつけ医に相談してほしい」

 

 ▽「医療体制の整備が重要」
 子どもの後遺症については、厚生労働省が公表しているコロナ感染後の長引く症状の情報をまとめた「新型コロナウイルス感染症診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント」にも解説したページがある。編集にも関わった国立成育医療研究センター感染症科の船木孝則医長(小児感染症学)はこう指摘する。「コロナ後遺症と考えられているものの中には、コロナ禍での心理的・社会的ストレスが原因である例も混在している可能性もあり、注意が必要です」
 船木医長も、発症する頻度は成人と比べて低いとみている。それでも発症する子は存在しており、「患者を受け入れる医療体制の整備は重要です」。海外でも研究結果は出てきており、例えばデンマークの研究では、多くの場合5カ月以内に回復する、との情報もあった。
 【デンマークの研究】
 https://link.springer.com/article/10.1007/s00431-021-04345-z

 

国立成育医療研究センター感染症科の船木孝則医長(小児感染症学)

 新型コロナウイルス感染症は、5月8日から感染症法上の位置づけが「5類」に変わり、季節性インフルエンザと同じ扱いになった。ただ、法的な扱いが変わってもウイルスが変わったり、なくなったりするわけではない。いわゆる「後遺症」については、国が診療報酬を加算するなどし、対応を強化している。
 船木医長は「まずは感染しないことが一番。手洗いや咳エチケットなどの基本的な感染対策による予防を心がけて」とした上で、こう呼びかけた。「感染後の長引く症状が出ても多くの場合は対症療法で良くなりますが、疲労感や息苦しさが続いて日常生活に支障を来したり、万が一死にたいと本人が訴えたりするなど、様子がおかしいことがあれば、すぐに専門医やかかりつけ医に相談してください」

© 一般社団法人共同通信社