学会が「安全性を保証できない」と警告する美容再生医療、全国100施設で実施可能だけど大丈夫なの? bFGF皮下注入、実施認めた「事前審査」に専門家から疑問の声

PRPにbFGFを混ぜて注入する手法で合併症が生じた女性=2月1日、東京都内

 顔のしわやたるみの改善をうたい、本人の血液の成分に細胞の増殖を促す薬を混ぜて皮下注入する美容目的の再生医療が国内で広がっている。共同通信が調べたところ、全国の約100施設で実施できる状態になっていることが分かった。実は、この施術は顔の皮膚が過剰に膨らんだり、しこりができたりといった合併症が生じる場合があり、日本美容外科学会など複数の学会による診療指針では「安全性を保証できない」「安易には勧められない」と警告を発している。患者の体に細胞を投与する「再生医療」は、実施する前に専門の委員会で「安全性に問題はないのか」などの審査を受ける必要がある。この施術を実施可能とした審査は適切だったのか。現状を探った。(共同通信=岩村賢人)

 ▽科学的根拠に基づいた手順は未確立

 この手法は、患者の血液から採取した「多血小板血漿(PRP)」という成分に、細胞の増殖を促す「塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)」という薬剤を混ぜて注入する。関連学会が2021年度にまとめた診療指針では、有効性は「あり」としている一方、注入部のしこりや過剰な膨らみといった合併症の報告が多いと指摘し、「安全性を担保するだけのエビデンス(科学的根拠)に基づいたプロトコル(手順)が確立されていない」と結論付けている。

科研製薬のフィブラストスプレー(同社提供)

 bFGFは、科研製薬(東京)が「フィブラストスプレー」という製品名で販売しているが、皮膚の傷ややけどに塗るスプレー剤で、皮下に注入する使い方は国の薬事承認を得ていない。同社は、皮下注入による合併症を問題視しており、2014年に適正使用を求める文書を公表、昨年5月にも医療関係者向けに同様の文書を出した。
 同社の担当者は「皮下注入した場合の有効性や安全性に関するデータはなく、何が起きるか分からない。適応外の使い方をされているのは、ありがたくない」と話す。

科研製薬が医療関係者に送った、フィブラストスプレー(bFGF)の適正使用を求める文書。「本剤は外用薬であり。注入投与の有効性・安全性は確立されておりません」などの記載がある

 ▽顔がふくらみ、硬いしこりも

 都内に住む30代の女性は2020年12月に、友人に紹介された都内の美容クリニックで目の下と頬、ほうれい線に注入した。事前に「顔が膨らんでしまう治療法ではないですよね」と医師に聞くと「うちのは大丈夫です。絶対膨らみません」という答えが返ってきたという。bFGFの皮下注入が薬事承認されていないことは説明されていなかった。
 異変が起き始めたのは投与から1~2カ月後。顔が腫れて、笑顔が作りづらくなった。頬が重く、膨らみが増していく。1年ほどで「顔がパンパンになって、形がおかしくなっていた」という。
 注入したクリニックに相談したが、医師は「何が不満なの?前より若返っているよ」と取り合わない。他の複数の医療機関で診てもらうと「これはbFGFによる膨らみだ」と言われ、それを伝えても注入した医師は「自分はbFGFを1万人以上に打っていて、誰よりも分かっている。これはbFGFの膨らみではない」と否定する。
 女性は、細胞の増殖を抑えるためステロイドを注射する治療を何回か受けた。頬の腫れは少し引くが、時間がたつとまた膨らんでくる。頬や口元には硬いしこりが残っている。友人やSNSで知り合った人にも合併症に悩む人がおり、治療法などについて情報交換している。
 「朝から晩まで顔の凸凹が気になって落ち込んでいる。体内にある成分と一緒だから自然で良いと医師から言われたのに、こんなことになるなんてひどい」。そう女性は訴える。

 ▽学会調査で合併症40件超

 日本美容外科学会が2017年11月~18年1月に会員の医師を対象に実施した調査では、この手法による合併症を診療したとの報告が42件あった。投与した部位の過剰な膨らみや硬いしこりが主だった。
 結果の分析では「多くの合併症が存在していることが確認された」と指摘している。ただ、回答した医師が限られているため、正確な実態は分からない。
 調査した順天堂大順天堂医院の水野博司教授(形成外科)は「『合併症が起きたことはない』と言う医師のクリニックで注入して合併症が起きた人が他の医療機関に行く事例がしばしばあると聞く」と指摘。「妥当性のある治療法とはまだ言い切れない」と話す。

 ▽実施を認めた委員会の言い分を聞いてみると…

 この手法はどのくらい広がっているのか。調べる上で、再生医療を規制する仕組みが手がかりになった。
 再生医療は、2014年に施行された「再生医療安全性確保法」で規制されている。要となっているのが事前の審査だ。
 医療機関は「こういう細胞を使ってこうした研究や治療を考えている」といった内容を提供計画としてまとめ、学術論文など根拠となる資料も付けて国が認定した「認定再生医療等委員会」に提出し、審査を受ける必要がある。
 委員会は全国に約160カ所あり、どこに審査してもらうかは医療機関が決められる。審査を受けた後、医療機関は提供計画や患者への説明文書を国に届け出る。届け出をせずに再生医療を提供すると懲役刑や罰金が科される。効果や安全性が明確でない再生医療を野放しにしないために作られた仕組みだ。
 厚労省は、届け出のあった再生医療の名称や患者向けの説明文書を「e―再生医療」というホームページで公開している。
 筆者は、公開されている患者向けの説明文書を調べ、この手法のキーワードである「PRP」や「bFGF」という単語が出てくる提供計画を探した。さらに、医療機関のウェブサイトを確認し、審査した委員会にも取材した結果、PRPにbFGFを混ぜて注入する手法の実施を約100施設が届け出ているのを確認した。

 審査を担当した委員会は七つ。最も多い50施設以上の提供計画を審査した「カメイクリニック2認定再生医療等委員会」(富山県高岡市)の委員は「これまで7千以上の実施例について各施設から報告を受けているが、異常は起きていない。安全性は担保できている」と説明する。学会の診療指針で「安全性を保証できない」とされている点については「いろいろなクリニックがやっていて、独自の方法だと言うところもある。他の注入剤の後に入れるとか、量を多く入れることで問題が起きるのだろう。私たちは手法の基準を統一して研究会を作って、できるだけそういう問題がないように啓蒙しようと取り組んでいる」と主張。「ヒアルロン酸では壊死や失明といった合併症が報告されている。PRPとbFGFではそんな症例は1例もない。ヒアルロン酸を推奨して、PRPとbFGFを否定するのはおかしい」と反論した。
 だが、診療指針では「国外での適切な臨床研究がなされていない」や「エビデンスレベルの高い論文がない」と書かれている。指針の作成に関わった関西医科大の楠本健司名誉教授は「根拠となる論文、データが少ない。はっきりした評価が定まっていないが、bFGFを加えたPRPの注入により実際に合併症が生じていることもあり、指針では注意喚起する内容になった」と話す。
 筆者はカメイクリニック2認定再生医療等委員会の委員に対し「まず研究として実施して、データを集めてから治療として認めてもらうという進め方は考えなかったのか」という質問もした。回答は「正当なことを言えばそうだが、それをやったら10年かかる。そういうことは企業しかできない」だった。

 ▽合併症が起きたら「確実な治療法はない」

 実施を認めている委員会の判断は妥当なのか。再生医療の審査について実態調査をした京都大学iPS細胞研究所の藤田みさお教授(生命倫理学)は「美容医療としては他にも選択肢があるはずなのに、なぜあえてリスクがあって科学的な根拠が不十分な手法を選ぶのか。踏み込んだ議論はあったのだろうか」と疑問を呈する。
 「診療指針で『安全性を保証できない』と指摘していて、bFGFを販売する製薬企業も皮下注入を推奨していない。それを知っていて実施しているなら問題だ」と指摘。「健康な人を対象にしているからこそ、医療を受けたことによる危害が生じないよう、実施して良いのかどうか、委員会は慎重に判断する必要がある」と訴える。
 七つの委員会のうち、10施設の提供計画を審査している医療法人社団美翔会認定再生医療等委員会(東京)の事務局に、学会の診療指針で「安全性を保証できない」などと評価されている点に審査で議論したのかどうかをメールで問い合わせると、「当事項は、委員会の審査項目ではないため、審議はしていない」と回答。理由を聞くと「bFGFは細胞でないため審議の対象にならない」からだという。
 しかし、厚労省研究開発政策課の担当者は「細胞と、そうでない医薬品などを混ぜて使う計画であるなら、混ぜて問題はないのか、科学的に妥当なのかを総合的にチェックする必要がある」と話している。

日本美容外科学会などの診療指針に掲載されている、PRPにbFGFを混ぜる手法に関する記述。「安全性を保証できない」「未承認(適応外使用)」などと書かれている(赤線は筆者)

 約100施設が計画を届け出ているが、どのくらいの人がこの手法を受けているのかは分からない。合併症の対応法には、ステロイド注射のほかに、しこりを手術で取り除く処置もあるが、手術後にかえって顔の膨らみが増すケースが報告されているという。
 合併症の相談を受けた経験がある神戸大病院美容外科の原岡剛一診療科長はこう警鐘を鳴らす。「現状、合併症への確実な治療法はない。不幸な事態が生じていて、確実に救える方法がない以上、学会の診療指針で示している通り、この手法を安易に勧めるわけにはいかない」。

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