【F1チームを支える人々(2)マット・ハーマン/アルピーヌ】メルセデス最強時代に貢献。PUとシャシーの統合に長けたTD

 F1チームには多数の人々が関わり、さまざまな職種が存在する。この連載では、普段は注目を浴びる機会が少ないチームメンバーに焦点を当て、その人物の果たす役割と人となりを紹介していく。今回取り上げるのは、約1年前にアルピーヌのテクニカルディレクターに就任したマット・ハーマンだ。

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 テクニカルディレクターといえば、チームの技術部門のなかでは最も目立つ存在で、頻繁にニュースのネタにもなる。たとえば、マクラーレンからジェームズ・キーが離脱したこと、メルセデスのマイク・エリオットに代わってジェームズ・アリソンが現場に復帰したことなどが、大きく取り上げられた。また、アストンマーティンの大躍進を支えているダン・ファローズにも大きな注目が集まっている。

 だが、彼らほど存在感を示していなくても、有能なテクニカルディレクターは何人もいる。たとえば、今回フォーカスする、アルピーヌのマット・ハーマンだ。

 エンストンのファクトリーで技術部門の指揮をとるハーマンは、英国のエンジニアリングコンサルタント会社であるリカルドでプロのキャリアをスタートした。ハーマンは、複雑なグローバルな課題に対するソリューションを提供するリカルドから、その後、イルモア・エンジニアリングに移り、エンジニアリングチームリーダーに就任。

 2000年にハーマンが加入したイルモアのF1部門は、その後、メルセデスの一部となり、メルセデスAMGハイパフォーマンス・パワートレインズに変貌した。HPPおよびメルセデスF1チームでハーマンは経験を積み、優れた実績を上げて、パワートレインの統合とトランスミッションの設計の責任者に昇進。その役割を約7年間務めた。この間、メルセデスは圧倒的な強さを見せてタイトルを連覇した。

メルセデスAMG・ハイパフォーマンス・パワートレインズのファクトリー

 その後、ハーマンは新たな挑戦へと向かう。チャンピオンチームでキャリアを重ねたこともあり、複数のチームがハーマンに注目するなかで、ルノーが彼を獲得。2018年9月に彼をチーフデザイナーとして雇い入れ、その後、わずか1年未満でエンジニアリングディレクターに昇進させた。そして昨年2月、ルノーの後身アルピーヌが技術部門の組織変更を行うなかで、パット・フライがチーフテクニカルオフィサーのポジションに就き、ハーマンはテクニカルディレクターに就任した。

パット・フライ(当時のルノーF1テクニカルディレクター)とマット・ハーマン(当時のルノーF1エンジニアリングディレクター)

 昨年のアルピーヌは着実に進歩していたものの、パフォーマンスよりもドライバーの契約問題等で話題に上ることが多く、ハーマンがスポットライトを浴びることはなかった。しかし、2022年のアルピーヌは、信頼性が課題ではあったが、速さは十分あり、実際に、ビッグ3チームに続くコンストラクターズ選手権4位を獲得した。

 エンジニアリング面の知識が豊富で、自信に満ち溢れたタイプのハーマンだが、難解な技術的な話を、専門外の人たちに分かりやすく話す能力を持っている。それはこの連載の前回で取り上げたトム・マッカローと似た特徴だ。そしてその特徴こそが、ハーマンをテクニカルディレクターのポジションまで押し上げたといえるだろう。

 ハーマンは、パワーユニットとシャシーを効果的に連携させるという面で特に優れた能力を持っていることで知られる。それを実現するためには、複数の部門間でコミュニケーションをうまく取りながら、大きな問題を発生させることなく、最善の妥協点を探る必要がある。ハーマンはその仕事を、メルセデスでも、ルノー/アルピーヌでもやり遂げてきた。

2023年F1第5戦マイアミGP エステバン・オコン(アルピーヌ)

 そうした力を高く評価されて、現在、ハーマンは、パット・フライの下でアルピーヌのテクニカルチーム全体を指揮する立場に立つに至った。ライバルのアストンマーティンに比べると、今年のアルピーヌのパフォーマンスは物足りないものの、何度か輝く瞬間があり、ハーマンが加入してわずか1年と少しの間に成し遂げてきた仕事自体は悪くはない。ハーマンは今後、同僚のテクニカルディレクターたちからも、さらに注目される存在になると思われる人物だ。

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