「知人が殺された」「親族が徴兵」ウクライナ、ロシアの信徒が礼拝…はざまに立つ神戸ハリストス正教会「共に祈れる日を」

ウクライナ、ロシア双方の信徒に寄り添う神戸ハリストス正教会のワシリイ杉村太郎司祭=神戸市中央区山本通1

 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、両国出身者の心のよりどころになっている教会がある。神戸市中央区の「神戸ハリストス正教会」だ。東欧などに多い正教会の信徒が集う祈りの場で、侵攻後は避難してきたウクライナ人も訪れるようになった。だが、戦争が引き起こした分断が、歴史ある教会のありように影を落としているという。司祭のワシリイ杉村太郎さん(43)に現状を聞いた。(杉山雅崇)

■ロシア出身者らの口は重く

 神戸ハリストス正教会は、全国組織「日本ハリストス正教会」に属する教会の一つ。兵庫県内唯一の正教会の教会で、1952(昭和27)年に現在地に建てられた。日本人のほか、近隣に住むロシア、ルーマニア、ギリシャ出身の信徒らが、土日曜の聖体礼儀(礼拝)に参加している。

 大学の神学部で学んだ杉村さんは、32歳で正教会の洗礼を受けた。その後、正教神学院に学んで司祭となり、2020年に神戸に着任した。

 22年2月24日、ウクライナ侵攻が始まると、信徒には動揺が広がった。比較的多数を占めるロシア出身者らの口は重くなり、杉村さんやほかの信徒はなるべくこの話題に触れないようにしている。

 それでも、ロシア人が「親族が徴兵されてしまった」「ウクライナには親類がいる…。戦争は望んでいない。早く平和になってほしい」と話すことがある。杉村さんは一人一人の話にじっと耳を傾けて、礼拝で平和を祈る。

■ウクライナ出身者、平日にひっそり

 昨年10月ごろからは、県内に避難してきたウクライナ出身者が知人の紹介などで訪れるようになった。しかし、信徒らでにぎわう土日曜の礼拝ではなく、平日にひっそりと姿を見せるという。

 「ロシア人への複雑な感情があり、避けているのでしょう。静かに祈りをささげておられます」

 ウクライナ人たちは当初は心を閉ざしていたが、時がたつにつれ「ついこの間まで国際電話で話していた知人が殺された」と、体験を口にするようになった。話すうちにつらい記憶が呼び起こされ、泣き出す人もいた。杉村さんは、一方的侵略で母国を後にせざるを得なかった人たちの悲しみを受け止める。

 ロシアのウクライナ侵攻は、世界の正教会に分断の危機をもたらしている。ただ、日本ハリストス正教会は両国の宗教的な対立には言及を避けつつ「あらゆる暴力と破壊に反対する」との姿勢を打ち出している。

 正教を「愛と平和(和解)の宗教」と言い表す杉村さん。「ここではウクライナとロシア双方の信徒が平和を望んでいる。戦争に終わりは見えないが、いつか両国の人が一緒にお祈りできる日が来てほしい。それぞれに寄り添いたい」と決意している。

【正教会】カトリック、プロテスタントと並ぶ「キリスト教三大教派」の一つ。東方正教会、ギリシャ正教などとも呼ばれる。主に中近東やギリシャ、東欧に信者がおり、日本ハリストス正教会によると、世界の信者数は2億人を超える。ウクライナの正教会はロシアとの関係悪化を受け、モスクワ総主教庁系とウクライナ独自路線の教会とに分裂するなど亀裂が生じている。正教が日本に伝来したのは19世紀後半で、神戸には1913(大正2)年に初めて関連施設ができた。

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