ピアノ上級者になってからの4つの段階とは…どのように上達していくのか?【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

ピアノを10年、20年と練習していくと、「幻想即興曲」「ラ・カンパネラ」といった、いわゆる難曲に挑戦できるようになります。幼い頃からピアノを練習している人であれば、早くて高校生になるころにこれらの曲に挑戦できるようになるでしょう。また、高校生は身体付きも大人と変わらず、新しいことに挑戦するための気力・集中力・体力もみなぎっている時期です。この時期はピアノが非常に楽しく、どんな曲でも片っ端から弾いていく、ということができます。しかし、ここからがピアノの本番と言えるかもしれません。ある程度指が回るようになってから、どのようにピアノが上達していくのか、ということを考えていきましょう。

ピアノが上手いとは

以前「コンクール入賞、感動的…「上手なピアノ」とは、どんな演奏?」という記事を執筆したことがあります。今回の記事では、上手なピアノを演奏するための4段階を説明します。ちなみに、私自身は、毎日ピアノを数時間練習しても、それぞれの段階で3年以上かかってしまいました。 その4段階とは以下の通りです。

・残響を聴く ・音のバランスを取る ・フレーズを作る ・フォルテとピアノ

それぞれどのようなことなのか解説します。

残響を聴く

私がある程度指が回っていろいろな曲に挑戦できるようになり一種の全能感を感じていた18歳の時、初めてプロ・ピアニストのレッスンを受けて「あなたはピアノを全く学んでこなかったのね」と言われました。これだけだと嫌味のようですが、実際にはその後「私が1から全てを教えてあげる」と続き、ここから本格的にピアノに向き合い始めることになります。

2-3年習った段階で、一つの壁に当たりました。それが「残響を聴く」ということでした。

ピアノは、ハンマーで叩いて弦を振動させる楽器です。演奏する側になると、一番意識して聴こえる音はハンマーで叩いた瞬間の音です。その音が間違いなく弾けていればそれで良く、間違っていたらミスタッチ、そのような意識になりがちです。

しかし、実際にはピアノの音が伸びていきます。その伸びた音が美しく澄んだ響きであったり、汚く濁った音になったりと、ピアノの音色の大きな要素となります。

実際に残響を聴くための練習を次のように行いました。 鍵盤を一個弾くたびに、そこで音楽を止めて、鳴り続ける音を聴きます。この音を聴いた、と思ったら次の音を弾き、また音楽を止めて、鳴り続ける音を聴きます。どんなに速い曲でも、音が鳴る瞬間ではなく、音と音の隙間を聴いていくイメージを持ちます。

そのうちに、だんだんとピアノを弾いているときの意識が鍵盤から弦へと移っていきます。このようになって初めて音色を作るスタート地点に立てるのです。

ピアノを教えていると、残響を聴いている方と、聴こえていない方は、一目瞭然です。残響が聴こえていれば、少しでも悪い響きの時に、すぐに修正し、弾いているうちにどんどん良い音になっていくからです。

音のバランスを取る

そして、次に当たった壁が「音のバランスを取る」ことでした。 ほとんどの音楽は伴奏と旋律からできています。そして、当然旋律のほうが伴奏よりも目立って聴こえるべきです。しかし、旋律は一本のラインで出来ていることが多い一方、伴奏はベース(最も低い音)とコード(和音)の組み合わせで出来ており、同時に4音や5音が鳴ることも珍しくありません。

ここには大きなジレンマがあります。伴奏は音楽の支えとなりますから、弱々しく弾いてしまえば土台の緩い建物のごとく崩壊してしまいます。一方で伴奏を強く弾くと、旋律が伴奏に埋もれてしまい、つまらない演奏になってしまいます。このバランスを取るのが一つ目の関門です。

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そして、次に、同時に4音5音鳴っている伴奏の和音のそれぞれの音のバランスを取る必要があります。このバランスを考えるときに必要なのは「和声」の知識です。専門的な話になりますが、例えば「第三音(3rd)を重ねた和音の響きは避けるべき」というものがあります。しかし楽譜に第三音が重なっていることもよくあり、そのときはその音を柔らかく弾くなどバランスを取る必要があります。まず、どのような響きを作ると良いのかという知識の他に、それをコントロールする技術力、そして、本当に思った響きになっているのかを「聴く力」が必要になります。

さらに専門的には、ピアノの「倍音」の知識が必要です。全ての楽器の音は、色々な成分の音が含まれています。それらの音のことを「部分音」と言いますが、この部分音のうち周波数の最も少ない音を「基音」(これが楽譜に書かれている音です)と言い、基音の整数倍の周波数を持つものを「倍音」といいます。

例えば、ピアノでドの音を鳴らすと、2倍音はオクターヴ上のド、3倍音はソ、4倍音はその上のド、5倍音はミ、6倍音はソ、・・・と様々な音が鳴っています。2つ以上鍵盤を弾けば、それぞれの音に対して倍音が発生するため、響きはより複雑になります。ペダルを踏めば、その倍音に共鳴して他の弦も振動を始めます。そのような現象が起きているという知識は最低限必要で、さらにそれをコントロールするということも必要になります。

音のバランスはどこまでも探求できる奥の深い世界なのです。

フレーズを作る

そして、これらのことを研究し、良い音色を作れるようになってきた!と思って、ピアノの演奏を聴いてもらったところ、返ってきた感想は「重い」「つまらない」「感情が全くない」というものでした。ここまで6年以上研究をしてきてこれですから、なかなか厳しい世界です。そして、言われたのが「フレーズを作りなさい」でした。

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フレーズとは音楽用語で、一つの旋律の区切りのことです。おおよそ一息で歌える部分と思って問題ありませんが、ピアノは演奏者が息を吸っていても演奏が可能なため、より長いフレーズを作ることが可能です。

フレーズは主に、次の3つで作ることができます。

・ダイナミクス(強弱) ・アーティキュレーション(音と音のつなぎ方) ・アゴーギク(テンポの微妙な揺れ)

なんと言っても最も大切なのは、ダイナミクス(強弱)です。デュナーミクとも言います。フレーズには主に4通りのダイナミクスがあります。

・だんだん強くする ・だんだん弱くする ・だんだん強くしたあとだんだん弱くする(真ん中を強くする) ・だんだん弱くしたあとだんだん強くする(真ん中を弱くする)

簡単なことのようですが、これは意識しないとなかなかできません。 「方向性をもたせてだんだん変化させていく」というのが基本になっていて、2つ続いた音が同じ音になることは滅多にありません。このような方向性をどのように持たせて演奏するか?ということがフレーズ作りの第一歩です。

これだけでも大変ですが、アーティキュレーション(音と音のつなぎ方)も大切です。 主に次の2つがあります。

・レガート(音を滑らかに繋ぐ) ・スタッカート(音と音とを切る)

基本的にはレガートで演奏するのですが、曲の雰囲気やスタイルによってはスタッカートを基本にすることもあります。レガートの中にも、ぬめぬめつながるレガート(前後の音が重なるように弾く)もあれば、さわやかにつながるレガート(前後の音をほぼ重ねないで弾く)もあり、スタッカートからレガートまで、グラデーションのように多くの種類があります。

アゴーギク(テンポの微妙な揺れ)は、一番苦労するところです。国民性や文化にも非常に大きな影響を受けるところだからです。メトロノームに合わせて演奏していても、わずかにずらすことで軽妙な音楽にしたり、重々しい音楽にすることが自在にできます。

フレーズを作るというのは個人の音楽観に直結するところであり、これを意識するようになると「音楽ってなんて自由で楽しいんだろう!」と思える一方、「音楽には果てが無さ過ぎる」と絶望してしまうこともあるかもしれません。

フォルテとピアノ

ピアノの正式名称は「ピアノ・フォルテ」あるいは「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」と言い、「弱い音と強い音を演奏できる鍵盤楽器」という意味です。 「ピアノ」は「弱い音」、「フォルテ」は「強い音」という意味ですね。

楽器のピアノの前身となるチェンバロは、鍵盤を押すと爪を引っ掛けて弦を振動させるという発音の性質上、音量の変化を付けるのは極めて難しい楽器でした。 ところがハンマーで弦を叩くというピアノは、わずかに触れただけのかすかな音から、一台で大オーケストラと対抗できるほどの爆発的な音まで演奏可能です。

私は、 初心者はフォルテが難しい 中級者はピアノが難しい 上級者は再びフォルテが難しい と思っています。

初心者はなかなか身体を思い切って動かすことができず、小さな動きでは大きな音を出すことができません。

中級者は、身体が柔軟になり、強く弾けば大きな音が出せるようになりますが、小さな音は音が掠れてしまったりして、上手くバランスを取るのが難しく思うようになります。 そして、小さな音や大きな音を存分に弾き分けられるようになった時、今度は楽器を限界まで鳴らすフォルテの表現が必要になります。

ハンマーで釘を打つところを想像してみましょう。「ハンマーの重さと振り下ろすスピードを釘にまっすぐに100%伝える」のが、一発で深くまで釘が入っていく打ち方ですよね。強く叩こうと思って手に力を入れっぱなしでは、ハンマーの重さが手のほうにかかってしまいますし、振り下ろすスピードも殺されてしまいます。

ピアノもおなじで、手の重さと振り下ろすスピードを100%鍵盤からハンマーへと伝えていくという意識を持つのが大切です。手を重力に任せ、肩から腕にかけてはほとんど力が入っていない状況になって初めて大きな音が出ます。

上手なピアニストの映像を見てみると、大きな音を出すときは、身体が下向きには動かず、上向きに、あるいは外側へ広がっていくような動きをしています。この力の入れ方を身に付けて、自在にコントロールできるようになると、ピアノに向かった自分が解放されていく感覚を得ます。

私は、フォルテを教えるとき、次のように伝えています。

「f(フォルテ)」は日常で感じる最も強い感情に匹敵する音 「ff(フォルティシモ)」は全身全霊で力を解放した究極の大きさの音 「fff(フォルティシシモ)」は異常・狂気、あるいは宗教的な偉大さを含んだ異質なまでの大きさの音

私が音楽で留学したとき、一番初めに驚いたことは、楽譜にただ書かれていた「f」という記号を、みんな全身全霊で弾いているように見えたことでした。そして、ただ一つの記号にここまでの表現力があるということを知りました。

表現する、ということはとにかく楽しいことです。始めはなかなかミスが怖い、思ったように身体が動かない、というところで表現も小さくなってしまいますが、音楽を始めた方はまず「f(フォルテ)」の表現の楽しさを知ってもらえたらと思います。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

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 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

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