JRが温泉宿を新築、特産の嬉野茶を前面に 西九州新幹線の嬉野温泉駅、高級路線で勝負

【グラフィックレコード】温泉地の磨き上げ
温泉宿「八十八」について意見を交わす小原嘉元社長(左)と、JR九州の社員。温泉地振興に向け老舗旅館と大手資本が連携する=5月15日、佐賀県嬉野市の和多屋別荘

 開湯1300年を誇る佐賀県西部の嬉野温泉(嬉野市)。約30軒の旅館が並ぶ中心街の一角に今秋、JR九州の宿泊施設「嬉野八十八(うれしのやどや)」がオープンする。2022年9月、佐賀―長崎を結ぶ西九州新幹線(66キロ)の嬉野温泉駅が開業。91年ぶりとなる市内での鉄道駅誕生に地元は沸いた。

 JR九州は長崎や博多方面からの客足増を見込み、廃業した旅館の跡地9565平方メートルを再開発した。JRが温泉宿を新築するのは全国でも類を見ない。

 最大の特徴は、地元特産の嬉野茶を前面に押し出していることだ。専属茶師として契約した2人の農家が一杯を振る舞う「セレモニールーム」を設け、大浴場には、熱した石に茶をかけるロウリュウサウナ。開業準備室の担当者は「茶の奥深い魅力は、新幹線でやってくる観光客に必ず“刺さる”」と力を込める。

 嬉野茶が観光資源として注目されたのは最近だ。若手の旅館経営者と生産農家らによる地域創生プロジェクト「嬉野茶時(うれしのちゃどき)」が16年に始まり、光が当たった。

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 嬉野茶の生産者は高齢化しており、12年に322軒あった農家は10年間で約200軒に減った。茶農家副島園の4代目園主、副島仁さん(46)は「旅館やカフェでコーヒーにはお金を出すのに、お茶は無料。それが日本人の習慣。我々生産者もお茶は高く売れないと思い込んでいた」。

 そんな中、老舗旅館和多屋別荘の3代目を継いだ小原嘉元社長(46)が“新幹線時代”も見据え、伝統文化の改革を発案した。旅館と茶農家、江戸時代発祥とされる肥前吉田焼の窯元が連携。茶畑におもてなしの舞台を整え、白装束の農家が肥前吉田焼の器で茶を振る舞う「ティーツーリズム」は、お茶を3杯つけて1万5千円に設定した。富裕層やメディアの注目を集め、22年は約500人が利用。有名ホテルから出張イベントの依頼も舞い込んだ。

 副島園は21年、バーカウンターを備えた「本店」を和多屋別荘内に開店。茶葉などの売り上げはプロジェクト開始前の3倍に伸びた。小原社長は「脇役だった嬉野茶が旅の主役になった。温泉だけだった嬉野観光の新しい扉が開いた」と話す。

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 西九州新幹線「かもめ」の佐賀県側の始発駅は武雄温泉駅(武雄市)で、次駅の嬉野までは5分。温泉地が隣り合うのは北陸新幹線の芦原温泉駅、加賀温泉駅と同じ構図だ。

 武雄温泉との違いをどう引き出すか。嬉野温泉観光協会の山口健一郎専務理事は「嬉野茶は誘客の大きな武器になる」。同協会は4月、観光名所の轟の滝公園にキャンプ場を本格オープン。嬉野茶のロウリュウサウナと、茶葉入り水風呂が楽しめるテントサウナを目玉に据えた。温泉商店街でもカフェ店が嬉野茶スイーツを開発するなど、茶と連携した取り組みを展開している。

 小原社長は「温泉地の磨き上げは旅館だけではできない。地域に根付く文化の価値を最大化することが地域創生の鍵だ」と強調する。

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佐賀県嬉野市、旅館の数は大幅減

 佐賀県嬉野市の人口は約2万5千人で、福井県あわら市(約2万7千人)と同規模。主要産業は温泉旅館などの観光・サービス業と、嬉野茶などの農業。市によると旅館数は31軒あり、ピーク時(1977年)の83軒から大幅に減った。

 2022年9月に市内唯一の鉄道駅として西九州新幹線の嬉野温泉駅が開業した。博多駅(福岡県福岡市)から向かう場合、特急「リレーかもめ」で武雄温泉駅(佐賀県武雄市)まで行き、同じホームで接続する新幹線「かもめ」に乗り換えて一駅。博多駅からの所要時間は最速で約1時間9分。新幹線長崎駅から嬉野温泉駅の所要時間は最速24分。国は九州新幹線(博多―鹿児島中央駅)の新鳥栖駅(佐賀県鳥栖市)と武雄温泉駅の間に新幹線の線路を設けたい考えだが、コスト増などを懸念する佐賀県との協議は難航している。

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 2024年春の北陸新幹線県内開業を契機とした新時代の福井のあり方を探る長期連載「シンフクイケン」。第3章のテーマは「新幹線が来たまち」です。連載へのご意見やご感想を「ふくい特報班」LINEにお寄せください。

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