「嚥下食」のすしや天ぷら、筋ジス患者ら食べる喜び味わう 兵庫・三田の病院、料理人招き食事会

見た目も本物に近い寿司

 「死ぬまでにすしや天ぷらを食べたい」。飲み込む力が弱くなった筋ジストロフィーの入院患者らの願いをかなえようと、兵庫中央病院(兵庫県三田市大原)がプロの料理人を招き、やわらかく味や見た目にもこだわった「嚥下(えんげ)食」を提供した。豪華メニューを前にした患者は「久しぶりにおいしいものを食べた」と満面の笑みを浮かべた。(橋本 薫)

 同病院の脳神経内科は筋ジストロフィーの患者が大半で、20年ほど長期入院している人もいる。嚥下障害の患者が普段食べているのは、魚や鶏肉、ホウレンソウをペースト状にしたものや、とろみをつけたもの。摂取カロリーが計算され、生きていくために必要な献立と理解していても、つい愚痴が漏れる。

 嚥下力が最も低い「レベル0」の患者はチューブによる胃ろうが中心だが、「口からちゃんと食べたい」と強い欲求があるという。ただ、数少ない楽しみであるゼリーやプリンでさえ、むせて誤嚥(ごえん)を引き起こすリスクを伴う。

 副看護師長の上野歩美さん(43)は「本当に患者さんのためになっているのか葛藤があった」と明かす。年に1度ぐらいは心から楽しめる食事をと思ってはいたが、患者からは「そんなん言っても結局食べさせてくれへんねやろ」と言われ、やるせなさを募らせた。

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 転機は今年に入ってから。山形県鶴岡市の料理人、延味(えんみ)克士さん(54)が、味にも見た目にもプロの技を生かした嚥下食を作っているのを、上野さんがNHKのテレビ番組で知った。

 すぐに医師の坂下建人さん(50)が連絡を取り、延味さんは「介護施設からの依頼はあるが、病院からは初めて。おいしいものを食べさせたいという病院の熱量がすごかった」と快諾。今回の企画が動き出した。名付けて「フードハピネスプロジェクト」だ。

 延味さんは提供日の前日から三田市内に入り、レンタルキッチンで仕込みを進めた。当日も午前8時から調理を始め、午後3時過ぎまで作り続けた。だし一つとっても、昆布を60度で2時間煮出すなど、すべての工程に手間暇を惜しまない。完成した料理は、どれも知恵や工夫、技術が詰まっていた。

 すしのうなぎはだしを合わせてミキサーにかけ、フライパンで焼いてから冷やした。マグロやサーモンは包丁でたたいて細かくし、ネタによってゲル化剤の量を調節してぎりぎりの硬さを維持。形を整え、おかゆ程度の柔らかさのシャリとともに握った。

 揚げ浸しの天ぷらは、一度すり下ろしてから固めたタケノコや、すり身に山芋と卵白、昆布だしを合わせ、蒸してから形を整えたハモなど。どれも食材の風味を残したまま、口の中で簡単にほぐれる一品に仕上がった。

 ハンバーグは、焼いてからミキサーで砕き、コンソメスープを加えて伸ばした。ラップで成形した後、バーナーで表面に焦げ目をつけるなど見栄えにもこだわる。ニンジンやインゲン、クレソンも添え、彩り豊かな洋食に仕立て上げた。

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 めったにない特別な機会。夕方の食事会には普通食の患者らも含めて14人が参加した。食卓に次々と料理が運ばれると、患者は「うわぁ、すごいな」と歓声を上げた。

 男性患者(59)は「天ぷらをリクエストしていたので、ハモが特にうまかった。コロナで外出もできなかった中、いい刺激になった。月に1度来てくれたらうれしいね」とご満悦。別の男性患者(67)は「わさびが利いていておすしが最高だった。食感もよかった」とうなずいた。

 うれしそうにほおばり、食べる喜びを思い出しているような患者たちの姿に、副看護師長の小西真理さん(43)は「こんな笑顔見たことがない」と驚いていた。

 同病院は、今後も定期的に嚥下食の食事会を開くため、関西圏の料理人を探していくという。

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